預金口座の不正譲渡の実態・対応(その2):法人口座

預金口座の不正譲渡が後を絶たず、個人口座のみならず法人口座も対象となっています。本稿では、「預金口座の不正譲渡の実態・対応」の2回目として、法人口座の不正譲渡・不正利用を取り上げます。

株式会社カウリス様の協力を得て取得したインターネット上の公表情報等を基に、法人口座の不正譲渡・不正利用の実態の一端をご紹介します。

あずさ監査法人は、金融犯罪対応に関する情報を、金融機関をまたぐ実務家同士で共有することは極めて重要と考えており、より緊密なコミュニティ形成に向け、情報発信を継続的に行ってまいります。最近の事例では、SNSにおける銀行口座の売買募集投稿において、個人口座のみならず法人口座の買い取り希望も投稿されており、買取希望価格も個人口座に比して高く、需要が増加している可能性がうかがえます。

法人口座の売買募集の状況

2023年12月4日の記事「預金口座不正譲渡の実態」において、株式会社カウリス様の協力を得て、SNS上の売買募集投稿で、多岐にわたる金融機関ごとに買取指値がつき日々変動していることをご紹介しました。

個人口座の金融機関ごとの買取指値は、買取側である犯罪者グループからの「人気」に応じて違いはあるものの、数万円程度です。対して、法人口座は、個人口座の相場の5倍程度の高値がついており、直近ではさらに高騰し10倍、場合によっては30倍もの指値がつく事例も見られます。

法人口座の高値の理由

「需要」の観点で言えば、金融機関から見れば、法人口座の不正利用は、事業性資金の異動と分別するのが難しく、個人口座と比べて、不自然か、疑わしいかの見極めが難しいことに加え、送金限度額の設定が無いこと等、金融機関による口座凍結を回避したい犯罪者グループにとっては、入手すれば比較的長い期間に悪用でき多額の不正送金が実施できる可能性があります。よって、コスト回収が十分に見込めるとの判断がなされている可能性があり、犯罪者側から人気が高いことが推察されます。

一方、「供給」の観点では、現状、法人口座には厳格な審査があり簡単に開設できないため、売買対象となる口座が、相対的に新規開設のハードルの低い個人口座に比して、絶対数が少ない状態にあります。法人口座価格が個人口座に比して高いのは、このような需給バランスの違いが背景にあると推測されます。

2012年に、警察庁から、金融商品詐欺の被害増加を踏まえた、法人口座開設の審査厳格化の要請がなされており、以降、多くの金融機関は、法人口座の開設時に、業務内容に関する資料提出や、実態確認を行う等審査を行っています。加えて、2016年10月の改正犯罪収益移転防止法施行により実質的支配者情報の取得等が義務付けられ、法人口座開設のハードルはあがっており、売買目的の口座開設は簡単ではないとも言えます。しかし、法人口座の売買は、口座開設後に行われるため、口座開設時の手続きの厳格化のみならず、継続的な顧客調査の中で検知する必要がある点に留意が必要です。

不正譲渡された法人口座の悪用の事例

犯罪者グループは、一般的には、法人口座を、還付金詐欺等の大口ではない単発の不正取引で発覚後すぐに凍結されてしまうような利用はせず、大口の詐欺資金の回収や反復継続的に利用していることが想定されます。

想定される悪用の事例としては、1つ目として、ビジネスメール詐欺(Business E-mail Compromise: BEC)の詐欺被害の受け皿です。たとえば、「経営者等へのなりすまし」で、極秘のM&A案件等と偽り、犯罪者グループの管理する口座に買収資金を振り込ませる手口などがあります。FBI公表の“Internet Crime Report 2022”によると、米国では2022年の被害金額が27億米ドルに上っています。令和5年公表の「犯罪収益移転危険度調査書」に記載があるように、海外企業が騙され、日本国内の法人名義口座に外国送金される(すなわち、不正取得された法人口座が受け皿になる)ケースも発生しています。

2つ目は、詐欺や犯罪資金を経由するトンネル口座です。詐欺の被害金や犯罪収益は、被害発覚後に金融機関等により当該口座が凍結されることを回避するため、犯人によって入金直後に払い戻されるだけでなく、他口座へ送金されたり、複数の口座を経由して移転されたりする傾向があります。この経由する口座に悪用されるものです。

そして、金融商品詐欺の受け皿として、複数の個人から頻繁に資金を受け入れることです。警察庁公表の特殊詐欺認知・検挙状況によると、2023年1~11月(11ヵ月)の金融商品詐欺の認知件数・金額は284件/35億円と、前年同期比+256件/+30億円と大幅増加しており、個人口座同様に法人口座が悪用されている可能性があります。

なお、口座の操作権限をすべて売り渡すのではなく、自分も本来業務で使いながら受け皿口座として、取引単位で犯罪者グループに使わせるものもあります。マネーミュール(不正資金の運び屋)と呼ばれるもので、犯罪者グループから「海外への送金もしくは海外から入金受入れを行なえば、報酬を払う」と持ち掛けられ、報酬欲しさに口座の入出金を実施するものです。令和5年公表の「犯罪収益移転危険度調査書」にも、経営不振に陥った会社の関係者が法人口座を利用し、正当な取引の送金を装って詐取金を引き出したケースが挙げられています。また、金融庁「マネー・ローンダリング・テロ資金供与・拡散金融対策の現状と課題(2023年6月)」に記載がある通り、オンラインカジノや風俗関連事業等、法律や公序良俗に反するサービスの決済において、収納代行や決済代行と称する事業者等が自らの口座を利用させて、不正収益や疑わしい取引の決済に口座を使わせている可能性も指摘されています。

法人口座の悪用リスクが高い属性・取引

顧客属性の観点では、リスクの高い領域として、商流、資金異動パターン、顧客属性などの実態を把握できていない法人口座であると思われます。各金融機関では、継続的顧客管理の中で、リスクの特定・評価を行い、リスクに応じた管理を行い、特定取引が発生した場合には、実質的支配者を含めた法人顧客の本人確認を実施していますが、顧客からの回答が得られない、もしくは外部データ等を活用しても、実態が把握できない法人が存在する場合、その顧客のリスクは高いと言えます。

口座の資金異動の観点では、長期間にわたる未稼働後の資金移動の発生や従来の資金異動パターンと異なる取引で、その理由を確認しても合理的な説明が得られない場合は、リスクが高いと考えられます。具体的には、個人口座同様、「長期間稼働していなかった口座に少額の入金があった後、複数の金融機関から多額の振込みがなされるケース」や「従来の取引額に比して高額の入金や従来なかった外国送金が突然なされるケース」等です。

また、インターネット経由での口座へのアクセス方法の観点では、IPアドレスやブラウザ言語、時差設定、User Agent等の組み合わせ情報の端末情報が従来と大きく異なる場合は、不正譲渡や不正利用の可能性があります。

横断的な情報共有の重要性

現在、警察庁が、振り込め詐欺に利用されて凍結された預貯金口座の名義人を「凍結口座名義人リスト」として、全国銀行協会等へ提供することにより、関係金融機関に情報が共有されています。このような「官民」での情報共有に加えて、民間金融機関の間、いわば「民民」において、犯罪の手口や不正利用口座の名義人情報や不正利用口座にアクセスするアカウント・端末情報等を、より迅速に共有することも、詐欺被害の防止のためには有効です。

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執筆者

あずさ監査法人
金融アドバイザリー事業部
ディレクター 松岡 靖典(まつおか やすのり)

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