預金口座不正譲渡の実態

特殊詐欺被害が深刻化している背景として預金口座の不正譲渡が後を絶ちません。本稿ではインターネット上の情報等を基にその実態を紹介します。

本稿では、株式会社カウリス様(以下カウリス)の協力を得て取得したインターネット上の公表情報等を基に、預金口座の不正利用の実態の一端をご紹介します。

特殊詐欺やヤミ金融での被害は深刻な状況となっています。その背景として、預金口座が不正に譲渡されている実態があるにも関わらず、金融機関としてその事実を的確に把握し、適時に対処することが難しい、ということが指摘されています。本稿では、株式会社カウリス様(以下カウリス)の協力を得て取得したインターネット上の公表情報等を基に、その実態の一端をご紹介します。

預金口座の不正譲渡の実態について、令和4年度に公表された犯罪収益移転危険度調査書では、「銀行口座や通帳、カードを買い取る」などと SNS 上に掲示して、口座譲渡を違法に勧誘した事例が代表的なケースとして挙げられています。このように不正に入手された架空・他人名義の口座は、特殊詐欺やヤミ金融事犯等において犯罪収益の受け皿として悪用され、犯罪収益の移転が行われています。

検挙件数ベースで令和3年は約2,450件と公表されていますが、実際に譲渡された口座は検挙件数を大きく上回るものと推定されます。しかしながら、ゲートキーパーの役割を担う金融機関にとって、政府公表物以上の詳細な実態を把握することは困難であると考えられています。金融機関は口座の不正譲渡のリスクについて十分認識しているものの、実際にどのような金融機関、サービスが狙われており、どの程度売買が行われ、自金融機関がどの程度の脅威に晒されているのか正確なリスク評価が困難なため、行うべきリスク低減措置の強度についての判断を難しくしていることが、この問題のペインポイントであると言えます。

一方で、さまざまな情報が飛び交うインターネットに目を転じると、「SNS上の売買募集投稿」が明らかに存在しており、このような情報は、不正譲渡市場における自金融機関のリスクを把握する重要な指標となり得ます。カウリスが行った、代表的なSNSを対象とする売買募集投稿情報(対象期間:2023年10月上旬~11月上旬)の収集分析結果や、不正譲渡の実態に詳しい実務家との意見交換を通して、以下のような実態が浮かび上がってきました。

募集手口

買主側は「#口座買取」「#即日融資」「#お金貸してください」「#p活」「#お金配り」「#副業」などといったハッシュタグを付してSNSに投稿しており、これは生活困窮者等を主な口座売主のターゲットとして誘い込んでいるものとみられます。SNSという手軽なコミュニケーションを通して、売主は罪の認識がないままに安易に譲渡に応じている実態がうかがえます。金融機関の経営陣は、このような投稿をきっかけとして、自金融機関が提供する預金口座が不正に譲渡されているという事実について、改めてリスク認識を持っていただく必要があると思われます。

金融機関ごとの指値

カウリスの分析結果によると、対象期間中、約160もの金融機関について、名指しで買取指値が行われていることが確認できました。対象金融機関は、都市銀行、地方銀行、信用金庫、ネット銀行、信託銀行、暗号資産交換業者と多岐に渡っており、顧客層や営業地域が限定的な金融機関においても口座売買リスクにさらされていると言えます。また、個別金融機関ごとに時系列で見ると、指値は日々変動しつつも、一定のレンジに収束していることが確認できます。つまり、「預金口座は○○円で買取」といった大雑把な相場感ではなく、金融機関ごとに悪用目的での使い勝手が分析され、それに基づいてまるで株式銘柄のチャートのように買取相場が形成されている状況です。さらに、金融機関が提供している具体的な個別商品・サービス指名での買取指値も確認することができました。

買取側は金融機関ごとの情報収集や分析といったノウハウを蓄積し、「同業者」間で情報共有することで、相場が形成されているものと考えられます。一方、金融機関側として、このような実態を十分把握できていないとすると、常に不利な状況に立たされているといえます。「全体の買取相場がいくらで、自金融機関の買取相場はいくらなのか」といった横断情報を取り入れることにより、「自金融機関の取組は不正譲渡の脅威に対して適切なのか」、「具体的にどのような商品性が犯罪者に好まれ、どのような対策が転売に効果的なのか」といった解を導き出すための仮説構築の精度は大きく向上するのではないでしょうか。

このような情報を継続的にモニタリングすることによって、いくら以上が「人気」金融機関と見なされる目途値となるのか、自金融機関はその中で「安全圏」と言える状況なのか、といった文字通りの「相場観」を持つことが期待されます。

横断的な情報共有の重要性

このように、自金融機関の口座不正譲渡のリスクに関する情報取得は難しいと考えられる一方で、インターネット上の公表情報を活用する余地は十分あり、このような情報を、金融機関をまたぐ実務家同士で共有することは極めて重要と考えられます。あずさ監査法人は、引続きカウリスに代表されるような専門家同士のネットワークを生かして、金融犯罪対応のより緊密なコミュニティ形成に向け、今後も情報発信を継続的に行っていく予定です。

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執筆者

あずさ監査法人
金融アドバイザリー事業部
ディレクター 松岡 靖典(まつおか やすのり)
シニアアソシエイト 西谷 美律(にしたに みのり)

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