本稿は、「トランプ2.0」が、日本企業に与える影響を考察した記事であり、以下に記載する内容は、2024年3月23日執筆時点のものであること、および筆者の私見であることを予めお断りします。

1.スーパーチューズデーを終えて

2024年3月5日、米国大統領選挙において党公認候補を決めるための予備選挙などが集中する「スーパーチューズデー」を迎え、共和党は前大統領のトランプ氏がほとんどの州で勝利しました。指名獲得に必要な過半数の代議員を確保しており、7月に開催される共和党大会で、同氏が党公認大統領候補として正式に選ばれる見通しです。民主党候補には現職バイデン氏が選出される見込みです(2024年3月23日執筆時点)。

米国大統領選挙は2024年11月5日に行われ、次期政権の発足は2025年1月20日を予定しています。

【就任式までの選挙日程】

月日 2025年1月の就任式までに予定される主な大統領選挙関連イベント
2024 1月23日 ニューハンプシャー州が全米最初の予備選挙を実施
3月5日 「スーパーチューズデー」、予備選挙・党員集会が集中
共和党はトランプ氏、民主党はバイデン氏が圧勝
7月15~18日 共和党全国大会(ウィスコンシン州)、候補者を正式決定
8月19~22日 民主党全国大会(イリノイ州)、候補者を正式決定
9月16日 第1回大統領討論会(テキサス州内の大学にて)
10月1日 第2回大統領討論会(バージニア州内の大学にて)
10月9日 第3回大統領討論会(ユタ州内の大学にて)
11月5日 大統領選挙選挙日。僅差なら結果判明に時間がかかる可能性も
2025 1月6日 副大統領が選挙結果を宣言
1月20日 大統領就任式

※2024年3月6日時点

2.「トランプ2.0」は、重大な外部環境変化

米国大統領選挙は、その結果次第では、ウクライナ支援、国際協調路線、サステナビリティ関連政策など多くの分野で変化をもたらす要因となり得ます。近時の世論調査では、バイデン氏の優勢を示す結果もあれば、トランプ氏が優位にあるとの調査結果もあるなど、両者の支持が競い合う状況が続いています。一部メディアは第一次トランプ政権をトランプ1.0、第二次トランプ政権をトランプ2.0と呼び、一定程度、同氏の再選を織り込むかたちで2024年11月以降の米国政治の見通しを論じています。

このような背景から、トランプ2.0が実現した場合の政策やその影響を点検することは、特に中長期的な戦略やサプライチェーン施策を検討するにあたり重要であると考えられます。

3.トランプ政権の方向性とAGENDA47

今回の選挙戦では、トランプ氏は当選時の公約集「AGENDA47」を発表しています。「AGENDA47」では、たとえば、脱炭素・エネルギー領域では、気候変動問題に関する国際的な枠組みであるパリ協定からの再離脱や、化石燃料の生産拡大に舵を切ることを主張しています。貿易・投資に関しては、関税措置強化の方向性を示しています。また、ロシア・ウクライナ情勢に対しては、支援見直しや停戦を唱えています。国内向けには、予算執行停止を可能とする大統領権限を復活させることに言及しているほか、不法移民対策の厳格化の方針などを掲げています。

日本企業も、「AGENDA47」の公約実行に向けた政策が進展する可能性を一定程度織り込み、急速な外部環境の変化へ備えておくことが肝要です。次項では、特に多くの企業の活動に影響を与え得る環境、通商政策に関して、バイデン政権とトランプ1.0、トランプ2.0を比べながら、留意すべき事業環境の変化を考察します。

4.政策比較

(1)環境 ―エネルギー・脱炭素・EV政策の転換

トランプ1.0は環境政策にきわめて消極的で、オバマ前政権の政策に否定的でした。地球温暖化対策では、大統領就任とともに温暖化ガス削減のための国際枠組み「パリ協定」からの離脱を宣言しました。脱炭素関連の研究費・予算を大幅に削減・撤廃し、化石燃料への回帰を志向しました。EV普及への投資も消極的で、ガソリン車産業の保護を目的とした通商政策への傾きも見られました。
 
バイデン政権では、国家安全保障戦略でも環境政策に言及するなど、環境政策を重視しています。パリ協定への復帰を宣言したほか、石油・天然ガス規制を強化し、再生可能エネルギーを拡大しました。EVについては、2030年に新車販売の半数以上を環境配慮型の車にする目標を掲げるとともに、産業のインフラ投資・雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act:IIJA)やインフレ削減法(Inflation Reduction Act:IRA)などを成立させ、 EVシフトを進めようとしてきました。
 
IRAは、気候変動対策や公的医療保険の延長などの歳出政策と、15%の最低法人税率設定や政府による薬価交渉などメディケア改革等の歳入政策を組み合わせた政策パッケージですが、国内産業の保護主義的な側面も指摘されています。特にEV向けの購入補助金については、自国産業の優遇を事実上認める内容となっています。懸念国由来のサプライチェーンが形成されている場合には適用対象外としており、経済安全保障の視点も重視しています。

対してトランプ2.0の公約では、環境分野でのバイデン政権の政策の多くを引き継がない方針です。パリ協定からの再離脱、石油や天然ガスの再度の規制緩和・大幅増産を掲げています。ESG投資についても、企業年金の投資先について、ESG要因も考慮して選択できるとした現行の規則を、大統領令で直ちに停止するとしています。またIRAの廃止やそれにともなうEV補助金撤廃を訴えています。 もっとも、IRAを活用した投資案件は共和党支持が優勢な州が多いことから、トランプ氏は、バイデン政権の環境政策をすぐには撤回できないとの見方もあります。
 
なおバイデン政権は、EVの販売比率の引き上げを計画していましたが、大統領選挙を前に急激な「EVシフト」に反発する自動車の労働組合に配慮し、EV移行を促す環境規制の緩和を検討しています。そのため、米国でEV普及一辺倒になる可能性は以前より下がったとの見方もできます。

(2)貿易・投資 ―貿易摩擦の再燃リスク

トランプ1.0では、他国の不公正な貿易慣行に対抗しつつ、国内の産業・技術基盤を保護・発展させ米国の競争優位性を維持することは、米国の国家安全保障等にとって重要な問題と位置付けられました。

貿易協定ではまず、大統領就任後、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定から離脱する覚書に署名したほか、関税分野では2018年以降、1974年通商法301条に基づき、中国原産品の輸入に対して最大25%の追加関税措置を実施しました。安全保障貿易では、米国輸出管理規則(EAR)に基づく輸出管理ルールを厳格化し、中国特定企業向けの米国製品の輸出・再輸出等を原則不許可としました。また、輸出管理改革法(ECRA)を制定し輸出管理の対象となる技術領域を拡大しました。
投資領域では、米国人による中国軍事企業への投資規制導入に加え、外国企業による対米投資を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化しました。

バイデン政権は、トランプ1.0と同様に中国の軍民融合政策を警戒しており、トランプ1.0での対中措置を基本的に継続しています。バイデン政権は2022年10月、米国EARによる先端半導体・製造装置関連製品の対中輸出規制を実施し、日本など同盟国にも取組強化を求めたほか、2023年10月には、第三国からの迂回輸出を防止するための規制の強化等も発表しました。2023年8月には対中投資規制についての大統領令で、半導体・マイクロエレクトロニクス、量子情報技術、AIの3分野で対外投資を制限するプログラムを新設しました。また、バイデン政権では、米国の安全保障に加え、環境、サステナビリティ、人権領域も通商政策の根拠としつつ、同盟国や友好国との連携を重視しています。

トランプ氏は再選に向けた公約で、貿易・関税領域では、米国への輸入製品に対して原則一律10%の一律関税を課すことや、世界貿易機関(WTO)の規定に基づきこれまで優遇関税での輸入を認めてきた中国の最恵国待遇の撤廃を唱えています。また、外国が米製品に関税を課す場合、米国もその国の製品に同率の関税を課すことができるとする「相互貿易法」の創設も掲げています。

投資については、⽶企業の対中投資や、中国による⽶国企業買収に対する新たなルールを確⽴し、⽶国の利益に資する投資のみを許可するという公約を掲げています。これらの施策が実現すれば、米国向け輸出コストの増大や関税・規制回避を目的としたサプライチェーン見直しコストの高まり等の影響が想定されます。

なお、トランプ氏は上記の関税施策などを踏まえて、国内製造業の競争力を確保し、製造大国としての米国の復活を目指す「戦略的国家製造業イニシアチブ」を打ち出すことも公約で掲げています。

【トランプ政権とバイデン政権の政策比較(一部政策のみ)】

主要な論点 トランプ1.0の政策 バイデン政権の政策 トランプ2.0の公約
エネルギー・脱炭素
  • 石油・天然ガスの採掘規制の緩和
  • パリ協定から離脱
  • 企業年金の投資先について、経済的利益のみを考慮する規則
  • 石油・天然ガスの採掘規制を強化
  • パリ協定に復帰
  • 企業年金の投資先について、ESG要因も考慮して選択可能に
  • 石油や天然ガスの採掘制限緩和で大幅増産
  • パリ協定から再離脱
  • 企業年金の投資先について、ESG要因も考慮して選択することを禁止
電気自動車(EV)
  • ガソリン車重視
  • EVの販売拡大へ税制優遇
  • EVの移行に向けた制度撤廃
貿易
  • 対中輸入に最大25%の追加関税
  • 中国の最恵国待遇維持
  • TPP脱退
  • 中国特定企業への輸出規制、管理対象技術分野の拡大
  • トランプ前政権の対中輸入追加関税を継続
  • 中国の最恵国待遇維持
  • インド太平洋経済枠組み(IPEF)における協定
  • 半導体等の輸出規制強化
  • 同盟国に規制強化の要請
  • すべての輸入製品に原則10%の関税(中国には60%も)
  • 安全保障を理由にした中国の最恵国待遇の撤廃
  • 「相互貿易法」の創設

※WTO協定の基本原則の1つ。いずれかの国に与える最も有利な待遇を、他のすべての加盟国にも与えなければならないという原則。たとえば、ある国の製品の関税率を5%に削減する場合、この関税率を他のすべての加盟国にも適用しなければならない。

5.トランプ2.0が与える事業環境への影響

以下、現時点の公約等を前提として、トランプ2.0における事業環境への影響を検討します。

まず、環境分野では、エネルギー、電子機器、素材等をはじめとする再生可能エネルギー関連産業やEV産業で、環境政策の転換により事業環境が大きく変わる可能性があります。米国内の環境政策に対する予算が大幅に削減されることで北米マーケットが縮小するだけでなく、米国で脱炭素政策が低調となり、国際的な足並みが乱れる可能性があります。企業は環境分野の事業・サプライチェーンの見直しなどの検討が必要になるでしょう。EV関連補助金の削減で米国のEV拡大にブレーキがかかることが考えられます。ただ、IRAの投資案件が共和党優勢の州で多いことから、EV補助に関する政策転換をどこまで実現できるのかについては要注意です。

貿易・関税領域では、トランプ氏は、「輸入製品に原則10%の関税」「中国の最恵国待遇撤廃」「中国からの重要物品の段階的な停止」を公約として掲げています。中国からの輸入品には最大60%の関税を課す可能性にも言及しています。これらの施策が実行されれば、特に中国から米国向け輸出コストが増大し、トランプ1.0の米中貿易摩擦時よりも、関税回避を目的としたサプライチェーン再編の動きが強まりそうです。一方、米国市場への中国製品の流入減少のほか、中国製品の価格競争力低下が起き、非中国産の資源や製品の需要が高まる可能性があります。
 
近時、グローバルサプライチェーンを有する企業において、カントリーリスク低減の観点から、サプライチェーン多元化や海外事業戦略の見直しに向けた動きが少なからず見られます。米国を軸とした国際的連携が変容した場合、保護主義や自国主義が進展し、企業におけるサプライチェーン再編の方向性に影響することが考えられます。今後の情勢変化を注視する必要はありますが、中長期的な戦略や事業計画を立案するに際しては、複数の世界情勢シナリオを織り込んだうえで検討することが肝要です。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 新堀 光城
マネジャー 白石 透冴
シニアコンサルタント 原 滋
シニアコンサルタント 柿野 和平
コンサルタント 上船 開法

助言
KPMGコンサルティング
シニアエキスパート 恩田 達紀(元ハーバード大学国際問題研究所 客員研究員)

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