現在、治療用アプリ(デジタルセラピューティクス:DTx)に代表されるモバイルヘルスの世界市場が欧米を中心に広がってきています。日本でも内閣府の方針として公表されている「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」において、デジタルヘルスの普及のため承認アプリを活用した際には診療報酬上の加算を行うことを掲げており、国の方針とも合致しています。

本稿では、このような背景を受け、今後広がりが期待される治療用アプリの特徴と、ライフサイエンス・ヘルスケア関連企業が留意するべき点について解説します。

1.医療機器と非医療機器の境界

はじめに、医療機器か非医療機器かの境界線により分けられる、狙うべき市場の違いについて概観します。

治療用アプリなどのモバイルヘルスは、リスクに応じて医療機器プログラム(Software as Medical Device:SaMD)と、非医療機器のアプリに分けられます。リスクの分類は、通常の医療機器と同様のクラス分類(リスクのレベルごとの段階分けの基準)が用いられていますが、どのリスクの段階から認証や承認審査が必要になるか否かの境界が、日本では通常の医療機器と異なります。プログラムではない、形のある物品の場合はクラスI以上が医療機器ですが、モバイルヘルスではクラスII以上に該当するか否かが境界となっています(図表1参照)。

その結果、たとえば、海外で医療機器とされていても、日本国内でクラスI相当と判断される場合には、医療機器としての認証や承認審査の対象外となり、医療機器と標ぼう(広告宣伝、説明書き等)して販売できないため、公的医療の市場では収益化が困難となる可能性があります。

【図表1:医療機器のクラス分類と医療機器プログラムの該当性】

治療用アプリの開発の特徴と留意点_図表1

2.治療用アプリの開発工程とフィジビリティスタディ環境の重要性

治療用アプリが医療上の効果を発揮する原理は、行動変容、認知行動療法など、“人間”特有の現象を基にしたものが中心となります。そのため、製品開発の初期段階から、人間を対象にしたフィジビリティスタディ(Feasibility Study:新規事業や商品の実現可能性検討、以下、FS)が必要となり、物性的な安全性や機能だけを開発するステップが少ないため、各開発ステップの間の境界が曖昧となります(図表2参照)。

その一方、健康な人間を対象にFSを行う場合には、リスクが低く、また物理的な非臨床試験(生物学的安全性、安定性試験等)も不要なことが多いため、早期に人間を対象とした試験を行いやすいという特徴もあります。このことから、通常の医療機器よりも、治療用アプリの場合はFSを実施できる環境、資源へのアクセスが、通常の医療機器よりも重要視されることが想定されます。

【図表2:医療機器の開発手順】

治療用アプリの開発の特徴と留意点_図表2

3.保険収載を見据えたバックキャストの重要性

医療用アプリを保険収載させるには、臨床試験を必要とする医薬品や医療機器よりも、より早期に保険収載を見据えた開発へのバックキャストが必要となります。医療用アプリが保険収載されるには主に3つのパターンがあります。

1つは、既存の医師の技術料(医師の労務や技術への対価)と同じ効果をもたらす、新しい方法として、加算(つまり診療報酬の増額)なく既存の技術料と同程度の額で収載されるパターンです。2つめは、医師の技術料として、加算という形で診療報酬が増額し収載されるパターンです。3つめはアプリ単体で特定保険材料(医師の労務や技術の対価ではなく、製品への対価)として収載されるパターンです。それぞれにおいて提示すべきエビデンスが異なり、これを考慮してバックキャストすることが重要です(図表3参照)。

保険収載の際に示すエビデンスは、承認申請の際に提示するエビデンスと別々に確立することは少なく、承認申請に用いた臨床試験結果を基に説明されることが多くあります。この際に留意すべきなのは、保険収載と承認では重視するポイントが異なるという点です。保険収載では、医療上の効果と、他の類似の保険診療の価格とのバランスによって収載可否と価格が決まります。一方、承認審査の可否を決めるポイントは、ベネフィットとリスクのバランスです。治療用アプリは、医薬品や通常の医療機器と比べ、副作用や誤作動による傷害等のリスクが低く、小さなベネフィットでも、バランスがプラスに傾きやすいため、通常の医療機器よりもベネフィットの大きさが承認審査の段階で問題になりにくい状況となっています。

治療用アプリの開発には多くの医薬品メーカーも参入していますが、開発全体で承認審査が最大の関門となる医薬品とは異なり、保険収載において提示するエビデンスの構築が最大の関門となることもあります。そのような場合には、承認のためだけではなく保険収載をも考慮した臨床試験をデザインすることも有効です。

【図表3:主な保険収載パターンと必要なエビデンス】

治療用アプリの開発の特徴と留意点_図表3

日本では、まだ治療用アプリを含む医療機器プログラムの承認や保険収載の事例は少なく、当然、先発品がある状態で後発品の扱いを開発、承認した前例もありません。そのため、限られた情報から的確に規制や保険当局の判断をシミュレートし、ファーストインクラス(First In Class:FIC、そのカテゴリーの医薬品等のなかで、最初に認可された製品)として市場に参入することが重要だと言えます。それには、各事例や制度趣旨、参考となる保険収載事例などを深く分析して、手戻りのないように開発工程をプランニングすることやシーズ選びをすることが重要となります。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 櫻木 誠

お問合せ

関連サービス

本稿に関するサービスを紹介します。
下記にないものもお気軽にお問い合わせください。