本稿では、HHS-OIGが、2023年11月に公表した「コンプライアンス・プログラムの基本指針(General Compliance Program Guideline)」を紹介しつつ、ライフサイエンス業界におけるコンプライアンス・プログラムの整備・改善の方向性について解説します。

なお、本稿の内容は、2024年2月26日にKPMGコンサルティングと弁護士法人GIT法律事務所で共催したライフサイエンス業界における贈収賄防止に関するセミナーでの西垣建剛弁護士のセッションから、同氏の許諾を得たうえで一部紹介していることをお断りします。

※HHS-OIG(米国保健福祉省監察総監室)は、保健福祉プログラムにおける不正や浪費、濫用防止に向けた監査・調査・評価を行い、その内容の報告、改善勧告ならびに処罰等を行う権限を有しています。また、ライフサイエンス業界を含む保健福祉分野におけるコンプライアンスや教育などの支援活動も行っており、これらの活動を通じて、保健福祉プログラムの効率と公正(integrity)を担保する役割を担っています。

1.グローバルに見られる規制内容の収斂の動き

業界や規制分野を問わず、ある国または地域における先進的な規制内容が各国・地域の規制当局に参照され、グローバルに規制の枠組みが収斂していく例は、近年では珍しいことではなくなっています。たとえば、ライフサイエンス業界においては、IFPMA(国際製薬団体連合会)のコード・オブ・プラクティスが、医療関係者に対する医薬品の倫理的なプロモーションや医療関係者との交流等に関する国際的な自主基準を定め、これが各国・地域の加盟企業ならびに加盟製薬団体の会員企業に適用されることで、倫理・コンプライアンスのグローバルスタンダードを形成しています。

企業に対する倫理・コンプライアンスにかかわる各種取組みの改善・強化への要請が絶え間なく高度化していく環境下においては、次なる倫理・コンプライアンスのグローバルスタンダードを見定め、先を見据えたコンプライアンス・プログラムの改善指針を策定・実装していくことは、企業のコンプライアンス体制を揺るぎないものとするうえで重要です。

今般HHS-OIGは、2023年11月に「コンプライアンス・プログラムの基本指針(General Compliance Program Guideline)」を公表し、米国ライフサイエンス企業に対して、一歩踏み込んだ内容のコンプライアンス・プログラム基盤の整備指針を示しました。本基本指針は、ライフサイエンス業界におけるコンプライアンスリスクとコンプライアンス・プログラムに関する自発的なガイダンス(voluntary guidance)であり、法的強制力を有するものではありませんが、その内容は、ライフサイエンス業界におけるコンプライアンス・プログラムの整備・改善の方向性を考える上で参考となり得るものと考えられます。

2.HHS-OIGが示す「コンプライアンス・プログラム基盤の7つの要素」

HHS-OIGの「コンプライアンス・プログラムの基本指針(General Compliance Program Guideline)」(以下、「本基本指針」)では、効果的なコンプライアンス・プログラムを構築するうえでの7つの重要な要素を取り上げ、各要素につき、具体的な取組内容を説明しています。本稿では、本基本指針が従来より踏み込んだ見解を示していると考えられる点を中心に、紹介します。

要素(1):コンプライアンスポリシーおよび手続の書面化

行動規範(Code of Conduct)を策定し、これに経営トップやCCO(Chief Compliance Officer)が署名することは、多くの企業で行われているところです。本基本指針では、以下のような取組例を挙げています。

  • 経営トップ(CEO)のみならず、取締役会も行動規範に署名することで、企業のコンプライアンスに対するコミットメントをより幅広に示す。CEOが交代した際は、新CEOの署名を取り付ける。
  • コンプライアンスポリシーは、少なくとも年1回程度は見直し、関係法令の改正を踏まえて改訂する。迅速なポリシー・手続の改訂が困難である場合には、暫定版を影響する当事者に提示する。
  • ポリシー・手続の改訂版は、自社の従業員のみならず、下請やエージェント等も参照可能にする。

要素(2):リーダーシップ・監督

コンプライアンスの推進母体として、CCOやコンプライアンス委員会(Compliance Committee)を設置し、コンプライアンス推進活動に必要となるリソース(予算やスタッフ)を配分することは、多くの企業で行われているところです。本基本指針では、以下のような取組例を挙げています。

  • コンプライアンス担当役員(Compliance Officer)の独立性を担保する観点より、コンプライアンス担当役員が法務部長(General Counsel)や財務部長(Chief financial Officer)を兼任せず、また法務や財務的な助言を行う立場に立たない。
  • コンプライアンス委員会を形骸化させないことを目的として、新しく委員会のメンバーとなる者には、委員会の義務や責務、委員会メンバーとして期待される役割について委員会参加に先駆けてトレーニングを実施する。また、少なくとも四半期に1回は委員会を開催し、開催に当たっては事前に議題を回付する。委員会メンバーの積極的な参加と貢献を人事評価と報酬評価の要素として取込む。
  • コンプライアンス担当役員は、コンプライアンス委員会の活動を評価し取締役会に定期的に報告する。当該評価は、コンプライアンス委員会の活動に対する企業の期待と実際の活動内容を対比して行う。

要素(3):コンプライアンスに関するトレーニングおよび教育

従業員に対するコンプライアンス教育を、適宜内容を更新しつつ定期的に実施することは、多くの企業で行われているところです。本基本指針では、以下のような取組例を挙げています。

  • コンプライアンス教育のトピックとして、(1)コンプライアンス担当役員の紹介と役割(identity and role)、(2)コンプライアンス委員会の役割、(3)コンプライアンス担当役員との開かれたコミュニケーションの重要性、(4)コンプライアンスにかかわる懸念を通報または上申することに対する報復禁止、等を含める。
  • 取締役会メンバーも含めて、それぞれの役割と職責、当該役割と職責に付随するコンプライアンスリスクに着目した対象志向型の研修(targeted training)を実施する。新しく取締役会のメンバーになった者には、ガバナンスとコンプライアンスの監督者としての役割についての研修を速やかに実施する。
  • コンプライアンスについての必須研修への参加を継続雇用の条件とし、当該研修への不参加者は場合によっては解雇する。また、必須研修の受講完了を従業員の年次人事評価の基本要件とする。
  • 経営会議や全社員会議などの定期的な会議の議題にコンプライアンスを取り上げ、コンプライアンスに関する情報を共有するとともに、企業のコンプライアンスに対するコミットメントを強調する。

要素(4):コンプライアンスオフィサーとの効果的コミュニケーションルート、および内部通報制度の整備

コンプライアンス担当部署への報告・相談ルートなど、内部通報制度を含む職制ルート以外の相談・報告ルートの設置は、多くの企業で行われているところです。本基本指針では、以下のような取組例を挙げています。

  • 下請やエージェント等を含む企業関係者(entity personnel)が、メール、電話、メッセージングシステムなどの手段でコンプライアンス担当役員に直接コンタクトできるコミュニケーションルートを設置し、企業関係者の目に頻繁に触れる物理的な場所またはオンライン上に掲示する。
  • コンプライアンス委員会は、複数の独立した報告ラインを設置し、少なくとも1つは、ビジネスおよび業務機能(business and operational functions)から独立した匿名報告ラインとする。最初に管理監督者(manager or supervisor)に報告することを求めるなど、コンプライアンスにかかわる懸念をコンプライアンス担当役員に報告することを阻んではならない。

要素(5):規程遵守の徹底 -違反の効果と動機付け

コンプライアンスに違反する行為を行った者に対して、厳正に懲戒処分を下すことは、多くの企業で行われているところです。また、コンプライアンス推進への貢献を人事評価の項目に加えるなど、一定のインセンティブを設ける例も見られます。本基本指針では、以下のような取組例を挙げています。

  • コンプライアンス違反行為に関する調査および再発防止に関する手続規程を策定・公表する。当該手続規程において、コンプライアンス違反の類型に応じた懲戒処分と具体的な処分決定への関与者(例:管理者や人事部門など)を明記する。
  • コンプライアンス担当役員、コンプライアンス委員会およびその他の上級管理職(other entity leaders)は、特定の課やポジションにおけるコンプライアンス目標の達成、コンプライアンスリスクの低減、個々の従業員の職掌領域外でのコンプライアンス活動などに対するインセンティブを徹底的に検討する。
  • コンプライアンス委員会は、一定の業績目標を設定することによって、文書偽造やインシデントの隠蔽などの意図しない結果を誘発する可能性がないか検討する。
  • コンプライアンス目標の達成は、他の分野の目標達成と同等に取り扱う。

要素(6):リスクアセスメント、監査およびモニタリング

リスクアセスメント、監査やモニタリングは、多くの企業で行われているところです。本基本指針では、これらの取組みにつき、以下の点を強調しています。

  • コンプライアンスリスクアセスメントは、少なくとも年次で実施する。個々のコンプライアンスリスクアセスメントに際しては、必要な時間とリソースを確保する。コンプライアンス委員会が、コンプライアンスリスクアセスメントの実行・推進の責任を持つ。
  • 企業は、コンプライアンスリスクが存在する領域の特定に際して、自社の企業規模に応じたデータ分析手法・プロセスを用いてデータ分析を実施する。データ分析によって、潜在的なコンプライアンス違反を指し示す異常値やそのほかの傾向がハイライトされ、潜在的なリスクを特定する上での一助となる。
  • コンプライアンス担当役員は、法規制の改正や当局の執行状況、M&Aや新規企業戦略、監査や調査結果のモニタリングなどの手法によって、未だ特定されていないリスクまたは新しいリスクを継続的に精査する。
  • モニタリングプログラムの実効性を再評価したうえで、個々のモニタリングの効果、必要性や適正頻度などにつき判断する。

要素(7):違反が明らかになった場合の対応、および是正措置の実施

違反発生時の調査・報告対応や是正措置のあり方は、国・地域や業界を問わず、概ね共通しています。以下では、本基本指針に特徴的と思われる点を紹介します。

  • 長期間にわたって、監査やモニタリング結果からコンプライアンス上の懸念が検出されず、またそれらの報告がもたらされない場合には、コンプライアンス担当役員は、コンプライアンス・プログラムの実効性を検証する。
  • 違反行為についての信頼性の高い証拠が発見され、合理的な調査を実施した結果、コンプライアンス担当役員や弁護士が刑事、民事、行政上の違反行為があると信じるに足るに至った場合には、関係政府当局に60日以内に報告する。重大な違反行為の場合には、社内調査の終了前もしくは同時並行で即時に報告する。
  • コンプライアンス担当役員は、コンプライアンス違反行為を止めさせ、その再発を回避するための対応を直ちに実施する。それだけではなく、再発防止策の構築のために根本原因を特定する。コンプライアンス上の脆弱性が発露した事案が、当該事案とは関連性がないところでも存在していないか判断する。

3.ライフサイエンス業界におけるコンプライアンス・プログラムの整備・改善の方向性

前述したように、本基本指針は、ライフサイエンス業界におけるコンプライアンスリスクとコンプライアンス・プログラムに関する自発的なガイダンス(voluntary guidance)であり、法的強制力を有するものではありません。とはいえ、コンプライアンス・プログラムの改善・強化は、法的に強制されて行う性質のものではなく、コンプライアンス違反によって致命的なダメージを受ける事態を回避すべく、まさに自主的(voluntary)に取り組むべきものです。

また、本基本指針の例示内容が、ライフサイエンス業界内で標準化し、やがて業界内でのソフトローとして機能することも想定されます。本基本指針との対比において、自社のコンプライアンス・プログラムが脆弱である点につき、業界自主規制を含めた各種規制に先んじて改善を図ることは、自社のコンプライアンス上の競争優位性の獲得につながる可能性も考えられます。

加えて、本基本指針の内容は、「企業コンプライアンス・プログラムの評価ガイドライン(Evaluation of Corporate Compliance Programs」(以下、「ECCP」)とも共通する点が多く見られます。ECCPは、コンプライアンス違反を犯した企業の訴追要否や処罰のレベルを米国の検察官が検討する際の指針です。その点では、本基本指針を参考にコンプライアンス・プログラムの改善・強化を図ることは、将来不幸にもコンプライアンス違反事案が発生した際の訴追リスク等の低減につながることも期待されます。

【補足】
なお、HHS-OIGは、今後ライフサイエンス業界の業種別のガイドラインを公表する旨を発表しています。当該ガイドラインについても、ライフサイエンス業界ならびに自社の業種に即して、コンプライアンス・プログラムの整備・改善の方向性をより精緻に検討するに際しての一助になるものと考えられます。

執筆者

KPMGコンサルティング
パートナー 足立 桂輔
マネジャー 三角 紘平
シニアコンサルタント 中野 成崇

協力
弁護士法人GIT法律事務所
代表社員/パートナー 西垣 建剛 氏

国際的法律事務所のパートナーを10年以上務めた後、2020年に弁護士法人GIT法律事務所を設立。現在10名の所属弁護士(外国資格含む)とともに、国際訴訟・紛争解決、国内外の上場企業の不正調査、米国FCPAコンプライアンス、製薬・医療機器メーカーのコンプライアンス等の多数の案件に携わる。

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