「ネットゼロ」実現に向けた取組み~イノベーション創出環境の整備~

本稿では、商用FCV・水素エンジン車の研究開発と新規事業創出のための支援に焦点を当て、ESG/SDGs、脱炭素関連等のイノベーション・事業創出を促進させるための公共部門の支援策の在り方を考察します。

商用FCV・水素エンジン車の研究開発と新規事業創出の支援に焦点を当て、ESG/SDGs、脱炭素関連等のイノベーション・事業創出を促進させるための公共部門支援策の在り方を考察します。

2050年までの「ネットゼロ」実現を目指して、世界各国で革新的な脱炭素技術開発や新たな事業創出・育成に向けた環境の整備が進められています。近年、注目されているテーマの1つが、化石燃料の代替となる水素の活用です。各国政府機関は産業部門や運輸部門での水素技術の導入を目指した支援を行っています。運輸部門においては、企業を対象としたFCV(Fuel Cell Vehicle、燃料電池自動車)や水素エンジン車の技術開発支援や実証事業の実施等の支援策も取られており、すでに一部で実用化が進んでいます。日本政府は2023年6月6日に「水素基本戦略」の改定版を公表し、乗用車に加えて、FCVの利点が発揮されやすい商用車に対する支援を今後加速させることを決定しました。

本稿では、商用のFCV・水素エンジン車の研究開発と新規事業創出のための支援に焦点を当てつつ、ESG/SDGs、脱炭素関連等のイノベーション・事業創出を促進させるための公共部門の支援策の在り方を考察します。

「ネットゼロ」実現のためのイノベーション創出環境の整備の主要論点

  • 脱炭素関連技術のなかでも、水素への期待が顕著に高まってきている。わが国が運輸部門の二酸化炭素排出量を2030年度までに35%削減(2013年度比)することを目標としているなか、排出量の17.4%を占める自動車セクターにおける水素技術の導入・実用化が進められている。特に、トラックやトラクタといった重量車・商用車は、電化では解決できない課題が多く、脱炭素化に向けた有効な施策として水素技術の活用が有効であり、燃料電池・水素エンジンの実用化に向けた研究開発が行われている。
  • 脱炭素関連イノベーションの創出・事業化に係る不確実性が高く、需要見込みが立てられない場合、企業の研究開発・事業化意欲が削がれてしまう。政府には、2050年カーボンニュートラルに向けて自動車分野における水素技術の活用を進める方針を確固たるものとしつつ、企業の研究開発・事業化の直接支援と需要喚起による将来市場の不確実性を和らげる支援策の実施が求められる。
  • 世界では商用FCV・水素エンジン車の需要創出に向けて、規制の強化や炭素税等の導入によりガソリン車からのシフトを促す取組みが進められている。しかし、既存の自動車産業・雇用への負の影響が懸念されるため、日本で同様の取組みを導入するには慎重な検討が必要である。商用FCV・水素エンジン車に係るイノベーション創出環境を整備するために、わが国政府・公共部門の取組みとして、商用FCV・水素エンジン車の規制の適正化と企業・自治体の利用促進支援が必要であろう。

1.脱炭素社会実現のための水素への期待

近年、世界各国で2050年までのカーボンニュートラル実現に向けて、革新的技術の導入を前提とした脱炭素計画が作成され、政府主導での技術開発や実証事業が実施されています。各国企業も脱炭素化の潮流に乗り、新たな事業を創出すべく、脱炭素関連技術の研究開発に取り組んでおり、政府はこうした研究開発への補助金等の支援も行っています。

脱炭素関連技術のなかでも特に、水素への期待が顕著に高まっています。世界の水素市場規模は、2050年に年間2.5兆ドルにまで拡大すると見込まれています。そこで本稿では、企業による脱炭素関連技術の研究開発および脱炭素分野での新たな事業の展開を政府が支援する取組みを「イノベーション創出環境の整備」と定義し、水素を題材として政府の支援策の在り方を検討します。

日本政府は2021年に、2050年カーボンニュートラルおよび2030年度の温室効果ガス(GHG)の46%削減(2013年度比)を目標とする地球温暖化対策計画を策定し、その計画達成に向けてさまざまな施策を打ち出しています。2021年度の日本の二酸化炭素排出量(電気・熱配分後)を部門別にみると、産業部門が35.1%、運輸部門が17.4%、業務その他部門が17.9%、家庭部門が14.7%、エネルギー転換部門が7.9%を占めています。このうち、主要排出部門である産業部門と運輸部門の一部で水素技術の導入・実用化がはじめられています。特に運輸部門のうち旅客・貨物を合わせた自動車は、86.8%(日本全体の15.1%)を占めていますが、運輸部門は、2030年度までに二酸化炭素排出量を35%削減(2013年度比)することを目標としており、この達成に向けて自動車への一段の水素の活用に期待が寄せられています。現在、国内外企業が乗用車・商用車用のFCV・水素エンジン車(自家用車、FCVバス、FCVトラック、水素エンジントラック等)の研究開発に取り組み、商用化も始まっています。自動車の脱炭素化を検討する際には、電化や水素の活用等のさまざまな技術の活用が考えられますが、特にトラックやトラクタといった重量車・商用車は、電化では解決できない課題が多く、脱炭素化のためには燃料電池や水素エンジンの導入が有効であると考えられており、その実用化に向けた研究開発が進められています。

2.商用FCV・水素エンジン車の研究開発促進支援策

企業が商用FCVと水素エンジン車の開発に積極的に取り組むことができるよう、日本政府は商用FCVと水素エンジン車に関するさまざまな支援策を行っています。

日本政府による支援策は、企業等の供給側への支援と購入者となる需要側への支援に大まかに分けられると考えられます。供給側への支援には、研究開発資金の補助や、モデル地区での実証事業の支援等が挙げられます。他方、需要側への支援には、水素ステーション等のインフラ整備による利便性向上や、車体購入時の補助金等の普及支援策が挙げられます。

なぜこのような支援が必要かというと、脱炭素関連イノベーションの創出・事業化に係る不確実性が高すぎると、企業の研究開発・事業化意欲が削がれるためです。企業は商用FCV・水素エンジン車事業の拡大を目指して研究開発に取り組むにあたり、まず需要見込みを立てる必要があります。しかし、東日本大震災後、原子力発電の代替として火力発電への依存が高まり、再生可能エネルギーのシェアも大きくなく、ガソリン車以外の自動車を利用するためのインフラ整備も遅れているわが国において、ハイブリッド車を除くEV等の需要は現状では限定的です。こうした状況に大きな変化がみられなければ、EV等の普及が急速に進むとは期待できず、さらに高価格となるFCV・水素エンジン車の需要の持続的な拡大は見込めないでしょう。このようにFCV・水素エンジン車の将来市場が不確実な状況では、研究開発・事業化を進める企業が引き受けるリスクが大きすぎます。そこで、政府には、明確なビジョンを示して2050年カーボンニュートラルに向け自動車分野における水素技術の活用を進める方針を確固たるものとし、企業の研究開発・事業化を直接支援するとともに、需要を喚起し将来市場の不確実性を和らげる支援策が求められます。

3.FCV・水素エンジン車の特徴

そもそも、本稿で着目するFCVと水素エンジン車とはどのような自動車でしょうか。

FCVはFuel Cell Vehicle(燃料電池自動車)の略で、燃料電池内の水素と酸素の化学反応から生じる電気エネルギーを活用してモーターを動かして走行する自動車です。水素ステーションで燃料電池に水素を補給する必要がありますが、EVのように充電時間を要しません。乗用車のほか、FCバス、FCタクシー、FCフォークリフトはすでに実用化され、自治体や企業等で導入が進められています。現在は大型FCトラックの開発が進められており、2030年頃の本格普及に向けて実証事業が行われています。

水素エンジン車は、従来の内燃機関の燃料を水素に置き換えた水素エンジンを搭載した自動車です。内燃機関で水素と酸素を燃焼させて発生した水蒸気や酸素、窒素などによって作動ガスの圧力を上昇させることでピストンを動かして走行しています。既存のディーゼルエンジンと同じ仕組みを活用することができるため、必要な開発期間は短く、早く普及できると期待されています。1970年に武蔵工業大学(現在の東京都市大学)が水素エンジンと研究車両の開発を行ったことに始まり、近年は大手自動車会社が競技用車両や研究用バギーの開発・製造を行っています。また、今年4月には、環境省「水素内燃機関活用による重量車等脱炭素化実証事業」により、水素エンジンを搭載したトラックが完成し、走行試験が開始されました。

FCVも水素エンジン車もともに走行中のCO2の排出量はほぼゼロです。FCVと水素エンジン車は重量車両の脱炭素化にあたって重要な役割を担っています。トラック等の重量車を電化させる場合、長距離輸送に対応できる大容量の蓄電池を搭載する必要があり、蓄電池自体の重量やコストが課題となっていました。他方、燃料電池自動車や水素エンジン車は車両内で水素を使った動力化が可能なため、車体への重量負担が軽くなります。特に、FCVは負荷をかけると熱が発生してエネルギーの変換効率が落ちるという課題がありますが、水素エンジン車は負荷をかけてもガソリン車と同程度もしくはそれ以上の出力が可能なため、重機での活用が期待されています。

4.世界における商用FCV・水素エンジン車の需要創出に向けた取組み

さて、こうしたメリットのある商用FCV・水素エンジン車の普及に向け、世界各国でさまざまな施策が実施されています。特に、本稿では政府による直接的な研究開発事業や企業への研究開発補助ではなく、需要喚起策について整理したいと思います。具体的には、車体の購入補助金、技術開発・実証事業、水素ステーション等のインフラ整備の設置補助金等で、次ページにその一例を示します。

表 商用FCV・水素エンジン車の需要創出に向けた国内外の取組み

国名 種類 名称 内容
日本
補助金
令和3年度「燃料電池自動車新規需要創出活動補助事業」
FCVの需要を喚起するための新規需要創出活動費用の一部を補助する。法人および個人事業者が商用燃料電池自動車に水素を供給するために必要な設備が対象。
補助金
地域交通のグリーン化に向けた次世代自動車普及促進事業
事業用次世代自動車および充電設備(充電設置工事費を含む)の導入支援。車両価格低減および普及率向上に伴い、段階的に対象車の補助額を低減させる。FCバスとFCタクシーの車両・充電設備等の価格のうち1/3~1/2が補助上限。
実証実験
水素燃料電池フォークリフトの導入実証事業(富山)
FCフォークリフトの新規需要創出を目指し、富山県内に事業所のある法人企業を対象にモニター事業者を募集し、FCフォークリフトの導入実証事業を実施。
補助金・
実証事業
燃料電池自動車タクシー導入促進事業費補助金、燃料電池自動車タクシー運行事業費補助金(宮城) FCタクシーの車両導入・運行にかかる経費の補助金。補助金額の上限は車両調達費用の1/3で、2,150千円を上限額とする。消耗品・メンテナンス費用等も補助対象。
補助金 商用水素ステーション整備補助金(栃木、宮城) 県内で商用水素ステーションを整備する事業者への補助金。限度額1億円で、補助対象経費の1/4以内を補助する(仙台市内スマート水素ステーション、商用水素ステーション、水素エネルギー利活用型コンビニが導入済み)。
米国 補助金・
助成金
Clean School Bus Program 既存のスクールバスをZEVもしくは低排出モデル車に交換する際に活用できる補助金。予算は約50億USDで、水素を燃料とする車両も適用対象(2022年~2026年実施)。
クレジットの発行 低炭素燃料基準(Low Carbon Fuel Standard) 燃料製造業者・販売業者に製造・販売する燃料の炭素原単位を政府目標にしたがって低減することを義務付け、目標を達成した場合には民間同士で売買可能なクレジットを付与する制度。水素ステーション運営・水素販売事業者は、水素の販売と、水素ステーション能力によるクレジットの2種類が取得できる。
補助金・
実証事業
H2Freight プロジェクト(大型FCトラック)(カリフォルニア州) トヨタとシェルを中心にロングビーチ港で進められているFCトラック向け水素供給ステーションプロジェクト。プロジェクト総額は1,200万USDで民間負担は24%。
補助金・
実証事業
Hybrid and Zero-Emission Truck and Bus Voucher Incentive Project(カリフォルニア州) ハイブリッド車とゼロエミッション重量車(トラック、バス)の購入補助金。大型のFCトラック、バスに対する補助金は約30万USD。
中国 補助金 NEV自動車向け補助金(~2020年) 中国政府がFCV小型バス・トラックには最大240千元/台、中型・大型バス・トラックには400千元/台の補助金を提供。NEVを対象とした地方政府独自の補助金は禁止されたが、FCVとNEVバスは認められた。
実証実験 水素燃料電池バス運行の実証実験 水素燃料電池路線バスの一般道路運航に関する実証実験(吉林省)。FCバス用の水素は、中韓(長春)国際協力モデル地区内にあるグリーン水素製造・貯蔵・充填ステーションから補給される。
規制 自動車末尾ナンバーによる通行規制(北京) 深刻な大気汚染を背景に、自動車の末尾ナンバーによる通行規制を実施しているが、次世代自動車(EV・PHV・FCV)はこの規制の対象外。
ドイツ 税制優遇・
補助金
自動車税の免除 FCVを対象に自動車税を10年間免除。2016年以降、ドイツ政府はEVとFCVを対象に4,000ユーロの補助金を提供。
ノルウェー 金銭的
インセンティブ
通行料金の減免
FCVの有料道路利用料金、フェリー利用料金、公共駐車料金を割引。
スイス 税制優遇 ZEVトラックの通行税免除 通常は重量3.5トン以上のトラックが課税対象となるが、ZEV(FCV含む)の場合はトラック通行税を免除。
ドイツ、フランス、英国、スペイン等 税制優遇 次世代自動車の車体課税の免除 EVやFCV等の次世代自動車の車体課税を免除。
オランダ 税制優遇 トラック購入補助金 水素を燃料とするトラックを購入した法人を対象とする補助金。2027年まで補助金が提供される予定で、2024年までの予算として4,000万ユーロが確保されている。
チェコ 補助金 FCV導入目標達成のための補助金 2022年に法人・自営業者を対象とした購入補助金を給付する方針を示した。3,800万ユーロの予算を計上し、EV、FCEV、電気トラック等を合計で約4,550台まで支援する。また、地方自治体の低排出車調達を支援するため、2,500万ユーロの予算を計上した。

(各国担当省庁ウェブサイト、報告書等を参考に作成)
 

日本では主に車体の購入費や維持管理費、インフラ整備への補助金等が提供されています。他方、海外では、日本のような補助金に加えて、自動車税の免除やFCVを対象とした有料道路利用料金・公共駐車料金等の割引等、FCVの保有者のみが享受できる税制優遇や金銭的なインセンティブが提供されています。購入時等の一時的な出費への補助のほか、普段の利用において受けられるこうしたインセンティブは、消費者にとっての日常的な負担感の軽減に繋がると考えられるため、わが国にとっても参考になると思料します。

一方で、一部の国・地域では、規制の強化や炭素税等の導入によって、ガソリン車からEV等へのシフトを促す試みも取られています。しかし、こうした手段は、自動車市場自体の縮小や既存の自動車産業・雇用へ負の影響を与える可能性もあり、特に産業のすそ野の広い自動車産業が経済に与えるインパクトの大きいわが国での導入にあたっては慎重な検討が必要であると考えられます。

それでは、市場の過度の歪みや自動車産業への負の影響を生じさせることなく、商用FCV・水素エンジン車の需要を拡大させるための一段の施策として、どのようなものがあり得るでしょうか。その検討のため、まずは商用FCV・水素エンジン車の需要側が抱える主要課題を整理します。

5.商用FCV・水素エンジン車の需要創出における主要課題

商用FCV・水素エンジン車の需要の創出に向けた主要な課題として、以下の4点が考えられます。

  • コストが高いこと:車体の購入費と燃料となる水素が高価であり、ガソリン車やEVと比較すると燃費が悪い。既存のガソリン車の方が安価で一度の給油で長時間走行できる。
  • 不便であること:水素ステーションは増えているが、特に地方圏においてガソリンスタンドに比べて圧倒的に数が少ない。供給インフラが不足しており、最寄りの供給可能地点まで遠い不便さが普及の阻害要因となっている。
  • 安全性への不安が払しょくできていないこと:燃料電池や水素そのものが爆発するのではないかと不安を抱く企業・自治体も見られる。実際に、FCフォークリフトの導入実証事業を行った企業の従業員は、「水素と電気の組合せで爆発するのではないかと考え、安全性を懸念していたが、実際に利用してみてその懸念は払しょくされた」と発言している。利用者が少ないため、FCVの評価を耳にする機会が少なく、安全性が確保できているという情報は調べなければ見つからない。
  • 規制が適正化されていないこと:2022年に一般社団法人水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)が会員企業・団体を対象に行った水素関連規制課題に係る環境認識調査によると、多くの企業が法制度の見直しを要望していることが明らかになった。過剰な保安規制のほか、必要な保安基準が整備されていない可能性があることも指摘されている。最も見直し要望が多い法規制は、高圧ガス保安法であるが、高圧ガス保安法、電気事業法、ガス事業法等の複数の規制のデマケーションがわかりづらいことも指摘されている。また、許認可権限が委譲された自治体ごとに運用基準が異なることも課題として挙げられている。新たな技術を導入するにあたり、現状の法体系では安全基準が明確化されておらず許認可に時間がかかることも課題である。

6.課題への対応策~商用FCV・水素エンジン車の需要拡大へ向けたイノベーション創出環境の整備に向けて

商用FCV・水素エンジン車の普及に向け、上記の課題のうち、高コスト対策や利便性の向上については議論の余地があるかもしれませんが、既にわが国でも車体や維持管理費に活用できる補助金の提供、供給インフラ整備の促進等の施策が進められています。他方、安全性への不安の払しょくや規制の適正化に関しては、まだ対策の余地があると考えられます。

特に、以下のような規制の適正化や企業・自治体の利用促進支援が重要と考えます。

  • 規制の適正化

FCVや水素エンジン車が得意とする重量物の運搬作業が頻繁に行われる港湾や工業地帯等においてFCトラック・フォークリフトや水素エンジン車を積極的に導入して科学データ・根拠を収集し、過剰な規制の撤廃や有効な規制の導入を進めることで、規制の適正化を進める必要があると考えられます。

- 商用FCV・水素エンジン車の利用について規制緩和特別区域を設置する:過剰とされる規制の緩和特区や策定前の規制(新規もしくは既存の規制を統合したもの)の特区を設置し、安全性の確保や費用対効果等を測るための実証事業・技術開発を行います。また、洋上風力発電所近郊の港湾やコンビナートなどを特区とし、FCVフォークリフトやFCトラック・水素エンジントラック、従業員用移動車両にFCバスを活用するなど、実験的な水素社会・都市を構築することで、全国的な普及に向けた課題や対応策をシミュレーションすることが有効と考えます。

- 過剰な規制の撤廃・強制力のある規制の策定:規制の適正化に必要な科学的データ・根拠が集まった段階で、不要な規制を撤廃するほか、FCV・水素エンジン車の導入目標が達成できた場合の税制優遇措置、港湾や工業地帯で新規導入される商用車をFCV・水素エンジン車に限定する規制にまで踏みこむことで現実味を帯びると考えられます。そのためには、周辺地域社会、関連産業、有識者等を含んだ検討委員会やワークショップ等を設置し、特区等で収集したデータ・根拠を基に慎重な議論を行うことが求められます。

  • 企業・自治体の利用促進支援

利用者の安全性への不安を払しょくするためには、情報提供の機会を作るとともに、気づいたら身近にあるものだったという状況をつくることも重要です。そのためには、地域の課題の解決策としてFCV・水素エンジン車を活用することが有効であると考えられます。施策を実施する際には、企業や地方自治体が活用できるような補助金の提供が必要となるでしょう。

- 観光都市での利用:地方の観光地において、観光スポット間を繋ぐループバスにFCバスを利用します。愛知県中部空港でのFCバス活用事例のように、空港から最寄りの中心都市まで運行するループバスに利用することも有効です。

- 高齢化が進む地域や人口過疎地における公共交通手段として活用:都市部・地方において免許を返納する高齢者は増加しているものの、低採算性等の理由により公共交通機関の運行本数が減少しています。太陽光発電等の余剰電力を用いて水素を製造し、その水素を用いて公共FCバスや乗合FCタクシーを地域内で運用する等、輸送手段の導入だけではなく、エネルギー産業、医療・介護・福祉産業と連携した地域の課題解決モデルの構築が重要です。

- 災害の脆弱性が高い都市/防災に力を入れている都市での利用:商業地域や工業地域をFCV・水素エンジン車利用区域に設定し、災害時には代替エネルギーとして利用できるように設備を整備することが有効と考えられます。小中学校での防災教育において災害時の水素エネルギー利用を取り上げるなどして、FCV・水素エンジン車についての認識を向上させることもできます。

7.終わりに~水素技術からみるイノベーション創出環境の整備の在り方

本年6月に、日本政府は水素基本戦略の改定版を示しました。本戦略において、「FCVの普及と水素ステーション整備の両輪で支援してきたが、今後は乗用車に加え、より多くの水素需要が見込まれFCVの利点が発揮されやすい商用車に対する支援を重点化していく」と記載しています。商用車分野のうち、特にFCトラックの導入拡大に関しては、供給と需要見込みを明確にするために自動車メーカー、水素ステーション事業者、購入者となる運送・荷主事業者とも協議を行い、FCトラックの生産・導入見通しロードマップを作成する予定です。今後、日本政府が商用FCV・水素エンジン車の普及のために、運送・荷主事業者に対して支援を行うことも示されており、商用車分野の取組みを戦略的に行うことが示されています。本紙「6.課題への対応策~商用FCV・水素エンジン車の需要拡大へ向けたイノベーション創出環境の整備に向けて」で触れた規制の適正化と企業・自治体の利用促進支援等も、改定後の水素基本戦略の方針に合致するといえます。

このように、公共部門におけるESGに係るイノベーション創出環境の整備として、研究開発を行う供給側のサポートのみならず、今後はさまざまな技術に対する需要を喚起していく施策が重要であると考えられます。明確なビジョンのもと、供給側、需要側の両方をサポートし、不確実性を緩和することで、民間のイノベーション創出のための活力を引き出すことが可能になると考えられます。その端緒として、運輸部門における水素関連技術のイノベーション創出環境の整備によって一段と進展することが想像される今後のわが国の取組みに期待します。 

執筆者

あずさ監査法人
コンサルティング事業部
シニアアソシエイト 吉永 由美佳

KPMGジャパン
ガバメント・パブリックセクター
あずさ監査法人
コンサルティング事業部
ディレクター 林 哲也

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