TCFD提言に基づく開示の義務化を反映し、英国FRCが戦略レポートのガイダンスを更新

2022年6月16日、英国のコーポレートガバナンス、企業報告、監査を監督する機関であるFinancial Reporting Council(以下、FRC)が、戦略レポートのガイダンスを更新しました。

英国のコーポレートガバナンス、企業報告、監査を監督する機関であるFinancial Reporting Councilが、戦略レポートのガイダンスを更新しました。

ガイダンス更新の背景

戦略レポート(Strategic Report)は、英国の会社法により、2013年からアニュアルレポートの一部として作成と公開が義務付けられたもので、組織の戦略やビジネスモデルに関する取締役会の見解を示すことが求められています。

戦略レポートのガイダンスは、2014年に公表され、2018年の更新を経て、今回が2度目の更新となります。今回の更新は、2018年以降に改訂または導入された各種レギュレーションを反映するために行われ、なかでも、2022年4月に施行された、会社法により戦略レポートの提出が義務付けられる企業に対し、気候関連財務情報を求める制度改正が主たる更新のポイントとなっています。

気候関連財務に関するガイダンスの内容

戦略レポートで説明が求められる気候関連財務情報の内容は、以下の通り、スコープ1から3のGHG排出量の開示要求が明示されていない点を除き、TCFD提言が推奨する11の開示項目とおおむね整合しています。したがって、TCFD提言を念頭に、気候変動に関連するリスクと機会や、それらを巡る状況の開示を推進している企業にとっては、十分に馴染みのある内容だといえます。

戦略レポートで開示すべき内容 - パラグラフ7C.3 相当するTCFD提言
(a) 気候関連リスクと機会の評価と管理に関するガバナンス態勢
  • 気候関連のリスクと機会についての取締役会による監視体制を説明する
  • 気候関連のリスクと機会を評価・管理する上での経営者の役割を説明する
(b)気候関連リスクと機会をどのように識別、評価、管理するかの説明
  • 組織が気候関連リスクを識別・評価するプロセスを説明する
  • 組織が気候関連リスクを管理するプロセスを説明する
(c) 気候関連リスクと機会の識別、評価、管理のプロセスが、会社の全般的なリスク管理プロセスにどのように統合されているかの説明
  • 組織が気候関連リスクを識別・評価・管理するプロセスが組織の総合的リスク管理にどのように統合されているかについて説明する
(d) 以下についての説明
(i) 企業のオペレーションに関連して生じる主要な気候関連リスクと機会
(ii) それらのリスクと機会の評価において参照された時間軸
  • 組織が識別した短期・中期・長期の気候関連のリスクおよび機会を説明する
(e) 主要な気候関連リスクと機会がビジネスモデルと戦略に及ぼす潜在的または実際の影響の説明
  • 気候関連のリスクおよび機会が組織のビジネス・戦略・財務計画に及ぼす影響を説明する
(f)さまざまな気候関連シナリオを考慮したビジネスモデルと戦略のレジリエンスの分析
  • 2℃以下シナリオを含む、さまざまな気候関連シナリオに基づく検討を踏まえて、組織の戦略のレジリエンスについて説明する
(g)気候関連リスクの管理および機会の実現のために用いている目標およびそれらの目標に対する実績の説明
  • 組織が気候関連リスクおよび機会を管理するために用いる目標および目標に対する実績について説明する
(h) 気候関連リスクの管理と機会の実現の進捗状況を評価するために用いるKPI、およびそれらのKPIの算定方法
  • 組織が、自らの戦略とリスク管理プロセスに則して、気候関連のリスクと機会を評価する際に用いる指標を開示する

マテリアリティの判断に基づき開示を省略する際に求められる説明

ガイダンスは、戦略レポートにおける気候関連財務情報の開示に、自社のビジネスにおけるマテリアリティの判断が用いられる点についても補足しています。TCFDによる最終報告書が、気候関連のリスクが、ほぼすべての産業に悪影響をおよぼす分散不可型リスクであるため、リスクと機会の評価や管理に関わるガバナンスやリスク管理の態勢については、企業のビジネス特性を問わず、開示を期待しているのと同様に、戦略レポートにおいても、ガバナンスやリスク管理に関連する(a)から(d)の項目は、マテリアリティに基づく判断の対象とはなっていません。一方で、気候関連の戦略やそれに基づく指標に関連する(e)から(h)の項目については、企業のビジネスを理解するうえで、開示が不要であると取締役会が合理的に判断した場合は、そのすべて、または一部を省略することができるとしています。ただし、開示を省略すると判断した場合は、戦略レポートにおける「非財務およびサステナビリティ情報に関するステートメント」のセクションにて、取締役会がそれを合理であると判断した際の考え方について、明確かつ合理的な説明を行うことが求められます。

気候関連の戦略やそれに基づく目標や実績の開示の要否が、最終的には取締役会による判断に委ねられ、それを不要とした場合の説明が求められている点は、裏を返せば、取締役会が中長期的視点で気候変動の影響について検討し、組織としての対応について方向性を示し、それを外部に説明することが明確に求められている証左であるといえます。

また、今後、ISSB審議会が、気候変動のみならず、サステナビリティに関連するさまざま課題についての開示基準をとりまとめていくことが想定されています。それらをグローバルベースラインとし、各地域や国における開示の制度化が進んだ際、取締役会によるマテリアリティに基づいた判断が伴わないまま対応を進めた場合、企業価値との関連性が乏しい開示が増加することとなり、負荷が増大する可能性があります。中長期の視点でサステナビリティ課題と企業価値の関連性を評価し、投資家をはじめとするステークホルダーとのコミュニケーションを図り、その結果を適切に反映するためには、取締役会によるリーダーシップがますます不可欠になると考えられます。

執筆者

KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン
有限責任 あずさ監査法人
シニアマネジャー 橋本 純佳

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