連載シリーズ: 米国企業のM&A・再生・リストラクチャリングの実務 

本連載では、米国のM&A、事業再編の最新のトピックをご紹介しています。本稿では、最近KPMGとThe Dealにより実施された調査をもとに激動の時代における事業売却について解説いたします。

 

第三回 激動の時代における事業売却

過去2年間のM&A市場は買い手にとっても売り手にとっても困難な時期でした。M&A案件は2009年も減少し続け、KPMG LLPとThe Dealにより実施された最近の調査(以下『KPMGサーベイ』)では、調査対象企業の32パーセントが昨年中に1、2件の買収取引を断念したことが分かりました。これらの案件は金額ベースでは2,280億ドル規模に上ります。破談案件は当事者全てに大きな負担となりますが、売り手にとってのコストは特筆すべきです。売り手企業の経営陣は、売却を進める上で日々の事業運営よりもデューディリジェンスの対応により注力し、多くの従業員は、自社が売却されるかもしれないという噂や、デューデリジェンスへの対応のため、日常業務に集中できなくなるため、企業の生産性は大きく低下してしまいます。案件が成立しなかった場合の生産性の損失は非常に大きな打撃となりますが、それに加えて売り手企業は、デューデリジェンスの過程での機密情報の流出のリスクも負うことになります。

 

KPMGサーベイでは、多くの回答企業が2010年に事業売却を予定していることが分かりました。回答企業の27%が1、2件の事業売却を、7%が3、4件の事業売却を計画しているとしています。売却の主な理由としては、47%が戦略フォーカスの転換、32%はM&Aマーケットの環境良化にあわせた打ち手、23%が資金調達の手段として、または流動性の改善を挙げています。その他回答には、貸借対照表上の負債比率や財務レバレッジの低減策(18%)、需要に合わせた事業縮小(10%)、規制対応(7%)がありました。1

 

事業売却のアプローチは売り手企業によって様々ですが、当社の経験では、(a)今日のM&A市場における買い手

企業の変化、および、より厳しい要求事項を考慮せずに従来型のオークション・プロセスを採用する企業と、(b)買収資金を実際に調達することができ、案件実行に最も高い関心を持つ2、3の候補企業に集中した新たなアプローチをとる企業に大別され、この2つのアプローチでは売却の成果において大きな差が見られます。

 

従来型のオークションは、複数の買い手候補企業間の競争を最大化するという面で、売り手にとって最も効率的な手段である一方、買い手企業には不利を強いるものであり、以下のような大きな支障を伴うものでした。

 

  • 限られた経営陣へのアクセス - 経営陣へのアクセスは、買い手企業のデューディリジェンスにおいて最も重要なポイントですが、オークションで勝ち進み独占交渉権を得るまでの間は、買い手企業は、何度もリハーサルされた一方的なマネジメント・プレゼンテーションと、非常に限定された質疑応答という限られた経営陣へのアクセスを受け入れなければなりませんでした。
  • 限られた情報へのアクセス - 買い手に対する情報提供は限られ、情報量だけでなく未照合の情報に頼らざるを得ない場合も多く、対象企業を正確に理解し、デューディリジェンスを完了することが困難になりました。

 

当社クライアントのなかで、売り手として成功している企業は、最終オファーの提示により多くの経営陣や情報へのアクセスを求めてくるような買い手企業に、自社の事業売却プロセスを適応させています。以下に紹介するようなリーディング・プラクティスを採用することから、企業売却の成果を大幅に改善することも可能です。

 

『確実』な買い手候補企業のみと対応する
2010年中に市場は回復するとの楽観論がありながらも、M&Aマーケットには依然として活発な取引を阻む障害が多く存在しています。KPMGサーベイの中で、今年中の案件完了を阻む最大の要因についての質問に対し一番多かった回答(37%)は、借入による買収資金の調達が困難なことでした。他の回答には、対象企業の収益予測が困難なこと(20%)、買収価格交渉の開き(17%)、一般的にネガティブな市況(16%)がありました。このような環境下、経験豊富な売り手企業は買収オファーを懐疑的に取り扱い、確実な買収資金調達方法を明示できない買収候補者には対応しない場合もあります。事業売却にあたっては、売り手の買い手に対するデューデリジェンスもますます重要となり、資金調達の実現性、買い手企業とのシナジーの有無、複数存在する買収意思決定者の間のダイナミクス等を検証し、入札意思を確認する必要があります。

 

売り手企業が、売却の『確実性』を向上させるために利用できる手法として、買い手企業を『Gating event』に参加させることがあります。Gating event とは、一部の財務情報も含む非常に短い説明資料(information memorandum, IM)を閲覧後、買収意思を表明した買い手候補企業の4社から6社を招待し、その中からその後の売却プロセスに進める企業を選ぶのに有効な手段で、売り手企業と、売却事業のマネジメントが共に参加します。マネジメントは売却対象事業に関するプレゼンテーションを行い、その後売り手・買い手間のディスカッションが行われます。Q&Aセッションでは、買い手は買収を検討する上で重要なポイントに関してマネジメントから明確な説明を求めることができます。ただし、買い手企業の方も、買収に対する興味の度合いや検討理由、対象事業の主要バリュー・ドライバーに関する見解、事業への熱意や買収後の計画について、売り手企業に対して説明しなければなりません。当セッションの後、第一次入札が行われ、そこでは入札価格のみでなく、買い手候補企業の信頼性も含めて評価されます。

 

買い手企業により多くのマネジメントとの時間を提供する
上記のようなプロセスによって買い手の信頼性を厳しく審査することから、次のフル・デューデリジェンスの段階に進む候補企業の数は、従来のオークションの場合は4社から6社なのに対して、2社程度に限定でき、買い手に対してマネジメントへのアクセスの時間を増やすことが可能となります。また、情報提供を買い手候補の関心事に対応させることも可能で、買い手とマネジメントとのやり取りもカスタマイズしたものにできます。

 

買い手候補企業が、早い段階で対象企業のマネジメントとの接点を持ち、事業の将来性を議論することによって、一次入札の結果は、IMのみによって行う時よりも通常大幅に質が高いものとなります。

 

売り手マネジメントは売却事業の価値を効果的に表現しなければならない

売却を成功させるためには、売却事業のマネジメントが、事業価値を明確に、買い手の信頼を得られる形で表現できるようなプロセスを構築することが非常に重要です。そのためには以下のようなポイントを検討することが必要です。

 

  • マネジメントのインセンティブ・レベルが適切であること。金銭面だけでなく、売却後のポジションや従業員の処遇等、金銭面以外にもマネジメントのインセンティブに影響を与える問題は多く存在します。売却プロセスの運営に関与させ意見を取り入れることから、マネジメントの売却事業への心情的なコミットメントを確保することも重要ですが、これは驚くほど頻繁に見落とされる点です。
  • 買い手企業の要求に親身に対応し、売却対象事業の情報を正確に提供すること。財務及び税務、市場と事業環境の分析、アップサイドの分析、詳細な事業分離計画、労使関係と福利厚生、シナジー分析などを含んだ詳細なデータブックを提示することも可能です。
  • 詳細な資料の準備は、買い手企業のデューディリジェンスに必要な情報を提供するというだけでなく、売り手企業が自ら、売却価格に影響を与えるような問題を事前に把握し、対処することを可能にします。
  • ディール・チームとアドバイザーをマネジメントのコーチ役として、プレゼンテーションのリハーサル等に活用する。多くの案件においてマネジメントの準備に充分な時間が割かれていません。
  • 事業計画上のアップサイドの機会や、ダウンサイド・リスクの軽減策に関して、買い手候補企業からの詳細な質問を想定して、事前に十分な論点整理をする。売り手企業のマネジメントが説得力を持って議論を展開するためには、自らの論拠を確信していることが不可欠です。
  • マネジメントの時間を有効に使い、必要な場合にのみ売却プロセスに充て、データ作成や検証作業などは、可能であれば他に任せるようにする。変化が目まぐるしい現在の市場環境においては、マネジメントが事業の推進に注力することが以前にも増して重要です。

 

結論

今日のM&Aマーケットにおいて事業売却を成功させるためには、売り手企業は、まずは売却プロセスをこれまでよりもフレキシブルに運営することが必要です。例えば、共通の経営体制下で運営されている事業を分割して売却することなども検討しなければならない場合もあるかもしれません。第二に、買い手候補企業に対sしてこれまで以上に慎重に対応し、買収意図や買収実行の確実性をより詳細に把握することが必要です。最後に、簡易版IM、詳細版IM、データブック等の使い分けや、マネジメントへのアクセスを増やすことなどから、買い手企業への最善の情報提供手法を検討することも重要です。

 

本文書はKPMG LLPが以前発行した、『M&A Spotlight: Selling a Business in Turbulent Times (PDF)』より転載しました。

 

本文書またはKPMGのM&A関連アドバイザリー・サービスに関しては、KPMGの貴社担当者、もしくはTransactions & Restructuringのディレクター菅沼義徳(Eメール:ysuganuma@kpmg.com、電話:212-872-7821)までご照会下さい。

 

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