3月決算会社の開示動向を参考に サステナビリティ関連情報の開示上の実務ポイント

「旬刊経理情報」(中央経済社発行)1697号(2023年12月20日)に「3月決算会社の開示動向を参考に サステナビリティ関連情報の開示上の実務ポイント」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

「旬刊経理情報」(中央経済社発行)1697号(2023年12月20日)にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

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<この章のエッセンス>

  • 12月決算会社では2023年度の有価証券報告書から、サステナビリティに関する開示が新たに要求されるほか、コーポレート・ガバナンスに関する開示の拡充が必要となるが、開示にあたって留意すべき点が少なくない。
  • たとえば、サステナビリティに関する開示にあたっては、投資家に有用な情報を提供する観点から、有価証券報告書の他の箇所に開示されている経営方針・経営戦略等との整合性を意識して説明することが望ましいと考えられる。
  • また、有価証券報告書における開示にあたって公表されている他の書類を参照する場合には、その範囲が適切なものとなっているか(投資家にとって真に必要な情報まで参照していないか)等の点に留意することが重要と考えられる。

1.はじめに

金融庁は、2023年1月31日に「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正(以下、「改正開示府令等」という)を公布・施行した。改正開示府令等は、2023年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用されており、主に次の開示に関する要求事項が新設または拡充されている。

  • サステナビリティに関する企業の取組みの開示
    • サステナビリティ全般に関する開示
    • 人的資本、多様性に関する開示
  • コーポレート・ガバナンスに関する開示
    • 取締役会等の活動状況
    • 内部監査の実効性
    • 政策保有株式の発行会社との業務提携等の概要


本章では、改正開示府令等に準拠して有価証券報告書等を初めて開示することになる12月決算会社がどのような点に留意することが望まれるかについて、2023年3月期の開示状況を踏まえてポイントを解説する。なお、本章中の意見にわたる部分は筆者の私見であることを申し添える。

2.サステナビリティ全般に関する開示

(1)開示の構成要素

ポイント

  • 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示においては、「ガバナンス」および「リスク管理」は、すべての企業において開示が求められる一方、「戦略」および「指標及び目標」については、各企業が重要と判断したサステナビリティ事項に限って開示が求められている。
  • 「戦略」および「指標及び目標」について重要ではないと判断して記載しない場合、当該判断やその根拠の開示を行うことが期待されている。


改正開示府令等により、有価証券報告書の「第一部 企業情報」の「第2 事業の状況」において、新たに「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が新設された。当該記載欄では、「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」および「指標及び目標」の4つの構成要素が設けられている。

このうち、「ガバナンス」および「リスク管理」については、業態や経営環境、企業価値への影響等を踏まえ、サステナビリティ情報を認識し、その重要性を判断する枠組みが必要となる観点から、すべての企業において開示が求められる。一方、「戦略」および「指標及び目標」については、後述する人的資本(人材の多様性を含む)を除き、各企業が「ガバナンス」と「リスク管理」の枠組みを通じて重要と判断したものについて開示が求められる(改正開示府令等の詳細な定めについては、図表1参照)。

(図表1)「サステナビリティに関する考え方及び取組」における開示要求

当連結会計年度末現在における連結会社のサステナビリティに関する考え方および取組の状況について、次のとおり記載する。

ただし、記載すべき事項の全部または一部を有価証券報告書の他の箇所において記載した場合には、その旨を記載することによって、当該他の箇所において記載した事項の記載を省略することができる

ガバナンス*1およびリスク管理*2について記載する。

*1 ガバナンスとは、「サステナビリティ関連のリスク及び機会を監視し、及び管理するためのガバナンスの過程、統制及び手続」をいう。

*2 リスク管理とは、「サステナビリティ関連のリスク及び機会を識別し、評価し、及び管理するための過程」をいう。

b 戦略*3ならびに指標及び目標*4のうち、重要なものについて記載する。

*3 戦略とは、「短期、中期及び長期にわたり連結会社の経営方針・経営戦略等に影響を与える可能性があるサステナビリティ関連のリスク及び機会に対処するための取組」をいう。

*4 指標及び目標とは、「サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する連結会社の実績を長期的に評価し、管理し、及び監視するために用いられる情報」をいう。

c bの規定にかかわらず、人的資本(人材の多様性を含む)に関する戦略ならびに指標及び目標について、次のとおり記載する。

(a)人材の多様性の確保を含む人材の育成に関する方針および社内環境整備に関する方針*5を戦略において記載する。

(b)(a)で記載した方針に関する指標の内容ならびに当該指標を用いた目標および実績を指標及び目標において記載する。

*5 人材の育成に関する方針および社内環境整備に関する方針とは、たとえば、人材の採用および維持ならびに従業員の安全および健康に関する方針等をいう。

(出所)「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」の第二号様式 記載上の注意(30-2)を踏まえて筆者が作成。太字は筆者によるもの。


なお、改正開示府令等とともに金融庁から公表された「記述情報の開示に関する原則(別添)―サステナビリティ情報の開示について―」(以下、「開示原則(別添)」という)では、「望ましい開示に向けた取組み」として、「各企業が重要性を判断した上で記載しないこととした場合でも、当該判断やその根拠の開示を行うことが期待される」として投資家が企業の判断を理解できるように開示することが望ましいとされている。

(2)開示する情報の範囲

【ポイント】

  • 「サステナビリティに関する考え方及び取組」では、「連結会社」ベースのサステナビリティに関する考え方および取組みの状況の開示が求められる。
  • ただし、連結会社ベースでの記載が困難な場合には、連結グループにおける主要な事業を営む会社単体またはこれらを含む一定のグループ単位で開示を行うことも認められている。


改正開示府令等では、開示する情報の範囲について、連結財務諸表等規則における「連結会社」、すなわち連結財務諸表提出会社(有価証券報告書提出会社)および連結子会社についてのサステナビリティ情報の開示を求めている。一方で、企業によっては連結会社ベースでの開示への取組が対応中である場合も考えられる。

この点、改正開示府令等とともに金融庁から公表された「『企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)』に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(以下、「金融庁の考え方」という)では、連結会社ベースでの開示が困難な場合の対応について、その旨を記載したうえで、たとえば、連結グループにおける主要な事業を営む会社単体(主要な事業を営む会社が複数ある場合にはそれぞれ)またはこれらを含む一定のグループ単位での開示を行うことも考えられるとされている(金融庁の考え方No.166~167)。

前記について、2023年3月期の会社による開示事例では、地域の特性や規模等が異なることから、連結会社ベースでの記載は困難であるとして提出会社の状況を記載している事例が比較的多く見受けられた。

(3)一貫性のある開示

【ポイント】

  • 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載にあたっては、企業の中長期的な持続可能性に関する事項について、経営方針・経営戦略等との整合性を意識して説明することが望まれる。
  • 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載事項の全部または一部を有価証券報告書の他の箇所に記載した場合、当該他の箇所を参照することで記載の省略が可能である。ただし、参照先において改正開示府令等の要求事項に沿った開示がされていること等に留意する必要がある。


開示原則(別添)では、「サステナビリティに関する考え方及び取組」に対する考え方について、「企業の中長期的な持続可能性に関する事項について、経営方針・経営戦略等との整合性を意識して説明するもの」という考え方が示されている。
そのため、サステナビリティ情報の開示は、有価証券報告書の他の開示項目との整合性を意識したうえで、有価証券報告書全体で一貫性のある開示となるように作成することが重要と考えられる。具体的には、経営方針・経営戦略等の記載が含まれる「第2 事業の状況」における「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」や「事業等のリスク」、「第4 提出会社の状況」における「コーポレート・ガバナンスの状況等」との整合性を意識して開示することが望まれる。

また、改正開示府令等では、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載について、記載すべき事項の全部または一部を有価証券報告書の他の箇所において記載した場合には、その旨を記載することによって、当該他の箇所において記載した事項の記載を省略できるとされている。たとえば、ガバナンスやリスク管理の記載について、コーポレート・ガバナンスの状況におけるリスク管理体制の整備状況の記載を参照することが考えられる。

この際、参照先において、改正開示府令等が開示を要求している事項について、必要かつ十分に開示されているか、また、「サステナビリティに関する考え方及び取組」に関する他の開示内容と整合的であるかについて確認することが望まれる。

前記について、2023年3月期の会社による開示事例では、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載において、ガバナンス体制およびリスク管理体制についてコーポレート・ガバナンスの状況を参照しているものの、コーポレート・ガバナンスの状況においてサステナビリティに関する記載が明確ではない事例が見受けられた。

(4)公表した他の書類の参照

【ポイント】

  • 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示において、有価証券報告書に記載すべき事項が記載されていることを前提として、当該情報を補完する詳細な情報について提出会社が公表した他の書類(ウェブサイトを含む)を参照する旨の記載を行うことが認められている。
  • ただし、ウェブサイトを参照する場合には、有価証券報告書において投資家に誤解を生じさせないような措置を講じる必要がある。


改正開示府令等とともに公表された「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」(2023年10月金融庁企画市場局)(以下、「開示ガイドライン」という)の5-16-4では、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示において、記載すべき事項を有価証券報告書に記載したうえで、当該情報を補完する詳細な情報について、提出会社が公表した他の書類を参照する旨の記載を行うことができるとされている。

金融庁の考え方では、他の書類を参照できる「補完する詳細な情報」の考え方について、他の書類を参照できるのはあくまでも補完情報であって、投資家が真に必要とする情報は有価証券報告書に記載する必要があるとされている(金融庁の考え方No.254~256)。このため、他の書類への参照を行う場合には、その範囲が適切なものとなっているか(投資家にとって真に必要な情報まで参照としていないか)の点に留意することが重要と考えられる。また、参照先の対象となる「提出会社が公表した他の書類」について、金融庁の考え方では、統合報告書やサステナビリティレポートといった会社が任意で公表した書類や、コーポレート・ガバナンス報告書のように他の法令や上場規則等に基づいた書類のほか、ウェブサイトも含まれるとされている(金融庁の考え方No,234~237、257~261)。

加えて、ウェブサイトを参照先とする場合の留意点として、1.更新される可能性がある場合はその旨および予定時期を有価証券報告書等に記載したうえで、更新した場合には、更新箇所および更新日をウェブサイトにおいて明記する、2.有価証券報告書等の公衆縦覧期間中は、継続して閲覧可能とするなど、投資家に誤解を生じさせないような措置を講じることが考えられるとされている(金融庁の考え方No.257~261)。

前記について、2023年3月期の会社による開示事例では、更新の可能性があると考えられる場合でも、ウェブサイトを参照するのみでウェブサイトの更新時期に関する記載がない事例や、参照先のウェブサイトでも更新箇所や更新日の記載がない事例が見受けられた。

(5)重要性の判断

【ポイント】

  • 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示を判断するにあたっては、投資家の投資判断にとって重要か否か、すなわち開示を検討している事項が企業価値や業績等に与える影響度を考慮して判断することが望ましいとされている。


(1)に記載のとおり、改正開示府令等においては、「戦略」および「指標及び目標」については各企業が重要と判断したサステナビリティ情報を開示することが求められるが、当該情報を開示すべきか否かの重要性に関する判断基準について、改正開示府令等では示されていない。

この点、「記述情報の開示に関する原則」(以下、「開示原則」という)の2-2「重要な情報の開示」では、記述情報の開示の重要性は、投資家の投資判断にとって重要か否かにより判断すべきと考えられ、記述情報の重要性については、その事柄が企業価値や業績等に与える影響度を考慮して判断することが望ましいとされている。

このため、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示にあたっては、その項目が企業価値や業績等に与える影響度を考慮したうえで、開示の要否を判断することが望ましいと考えられる。たとえば、サステナビリティ情報を開示すべきか否かの検討において、実務上、「ステークホルダーへの影響」と「企業価値や業績等に与える影響」の2つの観点から重要性を評価するケースが見受けられるが、「ステークホルダーへの影響」は低いが「企業価値や業績等に与える影響」は高い項目について、「戦略」と「指標及び目標」に関する情報を開示することが望ましいと考えられる。

3.重要と判断したサステナビリティ課題に関する開示

2023年3月期の有価証券報告書では、「戦略」ならびに「指標及び目標」を記載する重要なサステナビリティ課題として、気候変動を開示する会社が比較的多く見受けられた。

このため、以下では「気候変動に関する開示」と、すべての企業で開示が求められる「人的資本、多様性に関する開示」について説明する。

(1)気候変動に関する開示

【ポイント】

  • 温室効果ガス(GHG)排出量に関しては、特にScope1・Scope2のGHG排出量について、企業において積極的に開示することが期待されている。


改正開示府令等においては、気候変動に関する開示について具体的に開示項目を規定している定めはない。ただし、開示原則(別添)では、「2022年6月13日に公表された『金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告』において、企業が、気候変動対応が重要であると判断する場合には、『ガバナンス』、『戦略』、『リスク管理』、『指標及び目標』の枠で開示することとすべきである」とされたことが注書きで示されており、これを踏まえた開示を進めることが望ましいと考えられる。

また、気候変動に関する開示について、開示原則(別添)では、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)またはそれと同等の枠組みに基づく開示をした場合には、TCFDに基づく開示である旨を記載することが考えられるとされている。その際、「ガバナンス」および「リスク管理」についてはすべての企業に対して開示が求められていることを踏まえ、気候変動に関する開示との不要な重複は避け、投資家にとって理解しやすい開示とすることが望ましいと考えられる。具体的には、気候変動に関する開示において「ガバナンス」および「リスク管理」を記載する際には、サステナビリティ全般に関する開示で記載される「ガバナンス」および「リスク管理」の開示内容をそのまま記載するのではなく、たとえば、当該全般に関する開示箇所を参照することが考えられる。

次に「戦略」については、改正開示府令等における戦略に関する説明(図表1を参照)を踏まえ、気候変動に関して識別したリスクおよび機会、リスクおよび機会の識別方法、リスクおよび機会に対する取組み、およびリスクおよび機会の影響度や時間軸等を記載することが考えられる。この点、改正開示府令等では、気候変動に関して具体的な開示項目を規定していないため、2023年3月期の会社による開示事例では、自社の状況に応じた開示を行っている事例が見受けられた。

たとえば、シナリオ分析を実施し、短期、中期および長期にわたり連結会社の経営方針・経営戦略等に影響を与える可能性を検討した結果、物理的リスクとして異常気象の深刻化や平均気温の上昇が長期的な影響を企業にもたらすとして財務影響金額とともに開示している事例もあった。このように、有価証券報告書においてシナリオの詳細、シナリオ分析の対象、リスクおよび機会の発現時期および影響規模を開示する等、投資家の理解が深まる情報を開示することが望ましいと考えられる。

さらに、開示原則(別添)では、「温室効果ガス(GHG)排出量に関しては、投資家と企業の建設的な対話に資する有効な指標となっている状況に鑑み、各企業の業態や経営環境等を踏まえた重要性の判断を前提としつつ、特に、Scope1(事業者自らによる直接排出)・Scope2(他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出)のGHG排出量について、企業において積極的に開示することが期待される」とされている。この点、2023年3月期の会社による開示事例では、指標及び目標としてScope1・Scope2のGHG排出量を記載しているだけでなく、補完情報としてGHG排出量の経年情報を記載している事例等、開示原則(別添)を受けて積極的な開示を行っている事例が見受けられた。

また、当連結会計年度におけるGHG排出量の集計が間に合わず有価証券報告書に記載することができないため、概算値や前連結会計年度の実績値のGHG排出量を記載している事例も見受けられた。

(2)人的資本、多様性に関する開示

【ポイント】

  • すべての企業において、人的資本(人材の多様性を含む)に関する「戦略」ならびに「指標及び目標」についての開示が求められる。
  • 「戦略」の開示にあたっては、経営戦略や経営課題、サステナビリティ全般に関する開示との整合性に留意することが望まれる。
  • 「指標及び目標」の開示にあたっては、戦略との整合性に留意することが望まれるほか、実績もあわせて開示する必要がある点に留意することが望まれる。


改正開示府令等では、すべての企業において、人的資本(人材の多様性を含む)に関する「戦略」ならびに「指標及び目標」についての開示が求められている。具体的には、「戦略」の開示において、人材の多様性の確保を含む人材の育成に関する方針および社内環境整備に関する方針を、「指標及び目標」の開示において、当該方針に関する指標の内容ならびに当該指標を用いた目標および実績を記載する必要がある。

まず「戦略」については、2021年6月に公表された「改訂コーポレート・ガバナンス・コード」(以下、「CGコード」という)の補充原則3-1-(3)において、「人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである」とあるように、人的資本と経営戦略や経営課題との結びつきを意識した開示が望まれる。これは、企業が持続的な成長を実現するため、経営戦略の推進や経営課題に対処するうえで、経営資源である人的資本の多様性が求められるなかでも、どのようにして人材を育成および管理していくかが重要なサステナビリティ課題になっているためと考えられる。このため、人的資本、多様性に係る戦略の開示においては、「サステナビリティ全般に関する開示」(3)に記載したように、有価証券報告書の「第2 事業の状況」における「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」や「事業等のリスク」との整合性に留意することが考えられる。

次に「指標及び目標」に関連する開示として、改正開示府令等では、提出会社やその連結子会社が女性活躍推進法や育児介護休業法に基づき、「管理職に占める女性労働者の割合」、「男性労働者の育児休業取得率」および「労働者の男女の賃金の差異」(以下、「多様性の三指標」という)を公表している場合には、有価証券報告書の「第1 企業の概況」の「従業員の状況」において、これらの指標の開示が求められている。

そのため、従業員の状況に多様性の三指標を記載し、かつ、これらの三指標を人的資本(人材の多様性を含む)に関する「指標及び目標」においても記載するときには、「戦略」で記載した人材育成方針および社内環境整備方針との整合性に留意することが考えられる。たとえば、2023年3月期の会社による開示事例では、多様性を意識した人材育成方針の1つとして、業界未経験の中途採用者を積極的に採用する方針を記載しているものの、「指標及び目標」には前記三指標のみが記載され、中途採用者に関する「指標及び目標」が記載されていないという事例が見受けられた。また、指標と目標のみが記載され、実績が記載されていない事例が見受けられたことから、実績を記載することにも留意する必要があると考えられる。

なお、人的資本(人材の多様性を含む)に関する「指標及び目標」として、多様性の三指標を開示する場合、これらの実績値は従業員の状況に記載している旨を記載することで、「指標及び目標」における実績値の開示を省略できるとされている(開示ガイドラインの5-16-5)。

4.IFRSサステナビリティ開示基準を踏まえた開示

2023年6月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)より、IFRSサステナビリティ開示基準として、IFRS S1号「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」および、IFRS S2号「気候関連開示」が公表された。

IFRSサステナビリティ開示基準では、改正開示府令等よりも詳細な定めが設けられている(図表2参照)。

(図表2)改正開示府令等とIFRSサステナビリティ開示基準における定めの比較

項目 改正開示府令等 IFRSサステナビリティ開示基準
開示する情報の範囲 連結会社(改正開示府令等)
ただし、連結会社ベースでの開示が困難な場合の対応について、その旨を記載したうえで、たとえば、連結グループにおける主要な事業を営む単体またはこれらを含む一定のグループ単位での開示を行うことも考えられる(金融庁の考え方No.166~167)。
関連する一般目的財務諸表と同じ範囲(報告企業)について開示しなければならない(IFRS S1号20項)。
不必要な情報の重複 明示的な規定やガイダンスはない。 共通の項目を開示する場合、不必要な情報の重複は避ける必要がある(IFRS S1号B42項)。
シナリオ分析 明示的な規定やガイダンスはない。 比較的詳細な開示が要求されている(IFRS S2号22~23項)。
GHG排出量 Scope1・Scope2のGHG排出量について、企業において積極的に開示することが期待される(開示原則(別添))。 Scop1、Scope2に加え、Scope3(Scope2以外の間接排出)についても開示が要求されている(IFRS S2号29項)。


わが国の基準設定主体であるサステナビリティ基準委員会(SSBJ)では、IFRSサステナビリティ開示基準を踏まえ、日本におけるサステナビリティ開示基準の開発に向けた審議が進められている。また、当該サステナビリティ開示基準は今後、有価証券報告書に適用される可能性がある。このため、リソース等の観点から可能である場合、現段階からIFRSサステナビリティ開示基準の定めについても参考にして開示を拡充することが望ましいと考えられる。

5.コーポレート・ガバナンスに関する開示

(1)取締役会や指名委員会・報酬委員会等の活動状況

【ポイント】

  • 取締役会や指名委員会・報酬委員会等の活動状況として、開催頻度、具体的な検討内容、個々の取締役または委員の出席状況等を記載する必要がある。
  • 「具体的な検討内容」は、取締役会等におけるすべての議案を記載することは必須ではなく、投資家にとってわかりやすいよう要約するなどの記載も考えられるとされている。


改正開示府令等では、取締役会や指名委員会・報酬委員会等の活動状況として、開催頻度、具体的な検討内容、個々の取締役または委員の出席状況等に関する記載が新たに求められる。

この点、取締役会等におけるすべての議案を記載することは必須ではないものの、たとえば、当事業年度における重要な経営課題に関する事項や、新たな開示要求事項への対応などを記載することが考えられる。この際、サステナビリティ情報を取り扱う場合には、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の開示との整合性に留意することが望ましいと考えられる。また、取締役会の開催前に社外取締役への議題の事前説明や質問の吸い上げなどをしている場合、こうした活動について記載することで、投資家が経営者の目線で企業を理解することに資すると考えられる。

なお、改正開示府令等に列挙されている委員会以外で、企業が任意に設置する委員会その他類するもの(例:サステナビリティ委員会、経営会議)が同様の役割を担っている場合には、任意でこれらを記載することもできるとされている(金融庁の考え方No.289~295)。

(2)内部監査の実効性

【ポイント】

  • 内部監査部門が代表取締役のみならず、取締役会ならびに監査役および監査役会に対しても直接報告を行うしくみの有無を含む、内部監査の実効性を確保するための取組みについて、具体的に、かつ、わかりやすく記載する必要がある。


改正開示府令等では、新たに内部監査の実効性を確保するための取組みに関する開示が要求されている。この点、CGコード補充原則4-13(3)において、「取締役会及び監査役会の機能発揮に向け、内部監査部門がこれらに対しても適切に直接報告を行う仕組みを構築すること等により、内部監査部門と取締役・監査役との連携を確保すべきである」とされている。このように、取締役会ならびに監査役および監査役会に対しても直接報告を行うしくみを構築することで、内部監査部門が独立した部門として機能を発揮し内部監査の実効性を確保することができると考えられていることから、この点を意識した開示が求められていると考えられる。

たとえば、業務部門から独立していることや専任の人員を配置していること、代表取締役の直轄組織でありながらも取締役会ならびに監査役および監査役会への定期的に報告されていること等について記載することが考えられる。

(3)政策保有株式の発行会社との業務提携等の概要

【ポイント】

  • 保有目的が提出会社と当該株式の発行者との間の営業上の取引、業務上の提携その他これらに類する事項を目的とするものである場合には、当該事項の概要を記載する必要がある。
  • 保有目的に関して、「営業上の取引」または「業務上の提携」といった定型的な記載にとどまるのではなく、投資者と企業の対話に資する具体的な開示内容となるように記載することが期待されている。


金融庁の考え方No.326では「投資者と企業の対話に資する具体的な開示内容となるよう各企業において適切に検討いただくことが期待されます」とされている。このため、政策保有目的の開示にあたっては、開示原則で示されている考え方を踏まえ、投資家が開示内容を容易に、かつ、より深く理解することができるように、わかりやすく記載する必要がある。たとえば、保有目的について、セグメントや経営戦略との関係性、共同出資関係などの資本提携など企業が株式を保有している具体的な理由を記載し、投資家が理解しやすいような情報を開示することが考えられる。

6.まとめ

本章では、2023年度において12月決算会社が初めて改正開示府令等に基づき有価証券報告書を作成、開示する際のポイントを、2023年3月期の開示の検討を踏まえて解説した。

改正開示府令等においては細かな記載事項や記載方法は規定されていないため、各企業の取組状況に応じた開示を行うことが必要となる。しかし、実務においては、改正開示府令等の要求事項を満たしつつ、投資家が経営者の目線で企業を理解できるよう、わかりやすい「投資家目線での開示」を意識して開示を進めることが重要と考えられる。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
マネジャー 公認会計士
西埜 慎一(にしの しんいち)

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