本連載は、日刊工業新聞(2023年9月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

手放す学びから始めるリスキリング

第6回は、社員の目線での「学びたい」と思う動機について考察しました。今回は、イノベーションの創発という観点からリスキリングを解説します。

リスキリングの話になると、「何を学べばいいのか?」という問いを頭に浮かべる人は多いものです。リスキリングという言葉が、デジタル変革(DX)に関連した知識や技能について学びを積み重ねるという意味やイメージで捉えられやすいからだと考えられます。しかし、社員がまず獲得すべきは、スキルよりも「もっと学ばなければ」というマインドセットです。確かなマインドセットがあれば、新しいDXに関するスキルの吸収を加速させるだけでなく、変化への柔軟な対応力や、挫折や苦境から回復する精神力のベースになり得ます。

今、日本企業はこれまでの事業の前提を捉え直す時期に来ています。将来の事業の姿は現在の延長線上にあるのではなく、未来の姿から今やるべきことを考えるという思考の転換が必要となります。また、企業がイノベーティブな商品やサービスを創出するには、人材活用の裾野を広げることも大切です。さまざまな人材による「考え方の違い」を活用し、多様な経験を積んだ企業対企業、あるいは、個人対個人があらゆるレベルで協力して製品やサービスを創り出すコラボレーションが必要です。

コラボレーションは、お互いの異なる考えを伝え合う「健全な対話」がなければ成り立ちません。そして健全な対話には、「物事の見方は人によって違う」ということを理解するとともに、相手へのリスペクトによって、心理的安全性、つまり、「この組織では自分が異なる意見を言っても、関係が破綻したり拒否されたりすることはない」という安心感が担保されていることが不可欠です。社員一人ひとりが、相手の心情を推し量ることなく自分の考えをありのままに伝えられるようになると、議論が深まり、そして広がることで新たな気付きが生まれ、イノベーションを創発する土壌が形成されます。この一連の流れにより社員の「もっと学びたい」という感情が高まるのです。

新たな学びを受け入れるマインドセットの獲得には、これまでの考え方を捨て、新しい考えにアップデートしていくアンラーニング(手放す学び)が必要です。リスキリングは、蓄積する学びよりも、まず手放す学びから始めるべきでしょう。「これまではこのやり方でやってきたから」という理由で、いつまでも同じ知識やスキルに固執するばかりでは、新しい考えを取り入れることは困難です。

これまで蓄積したノウハウやかつての成功の味を棄却することで、異なる考えを受け入れる心の余裕と、学ぶ意欲の基盤を形成することができるのです。

日刊工業新聞 2023年10月27日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊工業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 油布 顕史

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