本連載は、日刊工業新聞(2023年9月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

個人・組織の活性化につながるリスキリング施策とは

第2回では、リスキリングは個人の主体的な学び直しではなく、企業が環境変化に対応すべく社員に新しいスキルを獲得させる戦略遂行の手段であることを解説しました。本稿では、「人的資本経営」の観点からリスキリングの位置付けについて考えてみます。

人的資本とは、自社で雇用する人材の能力を「資本」と捉えた考え方です。さらに、人材に適切に投資することで利益を生み、企業価値も高まるという考えに基づいた経営が人的資本経営です。上場企業は、2023年3月31日以降終了した事業年度に係る有価証券報告書から、自社の人的資本に関する情報開示が義務化され、人材に対してどのような取組みを行っているかを公表することになりました。

今、企業は外部環境の変化に加え、内部環境の変化にも直面しています。外部環境としては、デジタル変革(DX)などビジネス環境の変化により、今後のビジネスに適した要員の確保が必要となります。一方、内部環境としては、専門人材などで中途採用が増えるかたわら転職や転籍による離職も増え、人材の入れ替わりが激しくなり、社員の働く価値観の多様化が進みます。

このような環境下で企業は、(1)動的な人材ポートフォリオ(2)知・経験の融合(3)リスキリング(4)従業員エンゲージメント(愛着)(5)時間や場所にとらわれない働き方の5つの観点に着目し、方向性とアクション(人事戦略)を定めることが重要です。

リスキリングは、人的資本経営を進める戦略要素の1つとして、個人や組織を活性化させる重点的な施策とみなされます。企業は、これまでコストの面から捉えていた人材を「企業価値を高める資本」と位置付け、個人と組織を活性させるためにリスキリングをどう活かすかを検討する必要があります。

2022年度の有価証券報告書や統合報告書を見ると、人的資本の文脈で教育投資の拡大をうたう企業は多くなっています。しかし、自律型社員の創出という掛け声のもと、全社員に画一的な研修を実施するだけでは不十分です。重要なのは、企業にとってこれから必要となるスキルを明確にして、インプットしたスキルを実践できる環境を与えることであり、その成果が人や組織の活性化と言えます。

リスキリングを経験した社員が新たな職場環境で経験を積み、多様な人材との対話や意見交換を通じて新たな発想や学びを得ることでやりがいを感じながら、組織全体で会話が行き交うようにすることが必要です。リスキリングに取り組む企業は、今のリスキリング施策が「個人や組織の活性化につながっているか」を検証して進めることが求められます。

企業の命運は人材の質で決まります。「自社は働く場として魅力的になる努力をしているか」が問われています。

日刊工業新聞 2023年9月29日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊工業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 油布 顕史

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