本連載は、日刊工業新聞(2023年9月~11月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

不足するDX人材

本稿では、リスキリングを「技術革新やビジネスモデルの変化を背景に、これまでとは異なる業務を行うために新しいスキルを獲得するプロセス」と定義し、以下の論考を進めます。

今、日本企業は市場環境の変化にともなう多くの課題に直面しています。とりわけ、デジタル変革(DX)に対応できる人材の枯渇は顕著で、デジタル人材の採用・活用、リテンション(引き留め)に関する企業の関心は高くなっています。スキルを持った人材の採用に限界を感じた企業は、社内人材の労働移動を促す施策として、リスキリングの推進を柱に、社員にスキルのアップデートを促しています。

また、テクノロジーの進化と生産性の向上が同時に進むことで、人工知能(AI)やロボットなどに業務が置き換えられる「技術的失業」が起きる可能性も高まっています。しかし、一方で、変化は新たな仕事や働く機会を生み出します。ところが、多くの社員が必要なスキルを持ち合わせていないために、スキルレベルのギャップが懸念されます。そのスキルレベルのギャップを埋める手段として、リスキリングが注目されています。

日本企業のリスキリングの実態に目を向けてみると、多くの企業でリスキリングにどう取り組むべきか、どこから手をつけていいのかがわからない状況にあるようです。また、リスキリングを従来の能力開発研修と同義で扱っている企業も多いのが実情です。

企業のリスキリングへの取組みが曖昧になっている要因の1つとして、リスキリングの目的が明確でないことが挙げられます。岸田文雄首相は2023年1月の施政方針演説で、「企業中心となっている在職者向け支援を、個人に向けた直接支援に見直す」と発言しました。「リスキリングは、企業ではなく個人が主体的にやるべき」と受け取れる内容です。

このような混沌とした状況のなか、このまま会社に居続けてもキャリアが身に付かず転職を考えている20代後半の中堅社員や、これまで蓄積してきた経験を否定されたように感じネガティブな感情を抱くシニア社員、スキルを身に付けても社内に発揮できる環境がないので意味がない、と考えるベテラン社員らの声を聞くことがあります。

本連載では、デジタル化が進むなか、DXを支える企業戦略の柱であるリスキリングについて、多角的な見地から解説していきます。さらに、日本企業においてリスキリングの推進を阻害する要因についても考察します。人的領域から企業価値を向上させる重要な施策の1つであるリスキリングに関する正しい認識を持つことで、変革に向けた取組みの参考になれば幸いです。

日刊工業新聞 2023年9月15日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊工業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 油布 顕史

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