日米租税条約改定議定書とFIRPTA ~失われた日本居住者の特別扱い規定~ 

2013年1月24日、日米両国政府の代表により、日米租税条約の改定議定書が署名されました。当該議定書は、今後日米両国内の批准手続を経て発効する予定ですが、利息に対する源泉税の免除等、双方の納税者にとって歓迎すべき改定がなされる一方、日本の居住者にとっては、米国の「外国(法)人不動産投資税法(FIRPTA1)」の適用において、従来の特別な取り扱いが認められなくなるという不利な改定内容も含まれています。本稿では、日本の居住者に対するFIRPTAの適用における条約改定の影響に焦点をあてて解説します。

 

FIRPTAとは?

1980年に立法化されたFIRPTAの趣旨は、「外国人または外国法人が米国の不動産の売買で儲けたら、きちんと米国で税金を払いなさい」というシンプルなものです。実際、米国内の不動産そのものの譲渡益については、FIRPTAが成立する以前でも、米国で課税するルールが確立していました。しかしながら、その一方で、法人の株式を売買した場合のキャピタル・ゲインについては、米国内法でも米国が各国と締結している租税条約でも、売り手の居住地国で課税されることになっており、例えば日本の居住者が米国法人の株式を譲渡してキャピタル・ゲインを稼得した場合には、日本で課税されても、米国では原則として課税されません。

 

この制度を利用すると、米国の不動産そのものを売買する代わりに、米国で法人を設立して不動産を保有させ、法人の株式を売却することにより、譲渡益に対する米国での課税を回避することが可能となります。こうしたスキームを防ぐため、FIRPTAは、「米国の不動産が時価ベースで資産の半分以上を占めている法人の株式は不動産として取り扱い、その譲渡益は米国で課税する」としています。

 

「米国不動産権益」の定義

FIRPTAの規定をもう少し厳密に見てみると、条文では、「外国人もしくは外国法人が『米国不動産権益(USRPI2)』を処分した場合に発生する譲渡益」を米国での課税対象とすると定めています。このうち、「米国不動産権益」がキーワードとなりますが、その定義には、米国および米領バージン諸島に所在する不動産の直接的所有権に加え、「米国不動産保有法人(URSPHC3)」の株式が含まれます。

 

米国法人が「米国不動産保有法人」に該当するか否かは、次の数式の計算結果が50%以上となるか否かが判断基準となります。

 

 

米国不動産権益の時価
米国不動産権益の時価+米国外の不動産権益の時価+その他の事業資産の時価

 

 

なお、FIRPTAでは、上述の数式に基づく判定のタイミングについて、「株式の処分に先立つ5年の期間中の特定の基準日において、数式の計算結果が一度も50%以上となったことがないと証明できない限り、米国法人は米国不動産保有法人であると見なす」と規定しています(「5年間の遡及テスト」)。ただし、すべての米国不動産権益を過去に課税取引で処分済みであり、株式の譲渡の時点で米国不動産権益を一切保有していない米国法人は、米国不動産保有法人にはならず、5年間の遡及テストを行う必要はありません。

 

報告義務と源泉徴収義務

FIRPTAに基づく課税を徹底するため、厳しい報告義務と源泉徴収制度が設けられています。例えば、米国の居住者Aが日本の居住者Bから米国法人Xの株式を買う際に、AはBからXの株式が米国不動産権益ではないとの宣誓書を取得しない限り、Xの株式の売却価格の10%を源泉徴収しなければならず、これを怠ると利子税とペナルティーの対象となります。ちなみに、ペナルティーは情状により免除されることがありますが、利子税は免除不可となっています。実際の株式の売買のみではなく、関連者間での組織再編等で米国子会社の株主が変わる場合にも、FIRTPAの報告義務や源泉徴収義務の対象となることがあります。

 

従来の租税条約の規定

FIRPTAと租税条約の関係を理解するには、米国で採用されている「後法優先主義」という考え方を知る必要があります。これは、米国内法と租税条約の間で相反があった場合、後で成立した方を優先するという考え方です。

 

日米間で初めて租税条約が締結されたのは1972年でしたが、この条約では、不動産の譲渡益は不動産の所在地国で、株式のキャピタル・ゲインは売り手の居住地国で課税することのみが定められていました。FIRPTAが立法化されたのは1980年ですので、上述の「後法優先主義」によれば、この時点ではFIRPTAが1972年版の日米租税条約に優先するため、FIRPTAの規定は日本の居住者に全面的に適用されることになりました。

 

その後、2003年に日米租税条約が全面的に改定された際には、FIRPTAの追認を意図する条項が含まれていました。具体的には、第13条(2)(a)において、次の通り定められました。

 

一方の締約国の居住者が、他方の締約国の居住者である法人(その資産の価値の五十パーセント以上が当該他方の締約国内に存在する不動産により直接または間接に構成される法人に限る。)の株式その他同等の権利の譲渡によって取得する収益に対しては、当該他方の締約国によって租税を課することができる。

 

この条項をFIRPTAに当てはめる場合、「他方の締約国」は米国ですので、「資産の価値の50%以上が米国内にある不動産により構成される米国法人」の株式を日本の居住者が譲渡した場合に、米国に課税権が与えられることになります。

 

ただし、この租税条約の規定は、FIRPTAの趣旨を追認する意図は汲み取れるものの、「5年間の遡及テスト」を含むFIRPTAのすべての規定を日本の居住者に適用するとは明示しておらず、条文の書き方から、株式の譲渡時点において時価ベースで資産の50%以上が米国内の不動産である場合に米国に課税権が生じると読むことができます4。また、2003年に改定された租税条約と1980年に立法化されたFIRPTAでは、「後法優先主義」に基づき2003年版の租税条約の方が優先することになります。このことから、FIRPTAの適用において、日本の居住者に関しては、「5年間の遡及テスト」を適用せず、株式の譲渡時点のみでのテストに基づき、米国法人が米国不動産保有法人であるか否かを判断してよい、との解釈がなされてきました。

 

これは、米国が締結している租税条約の中でも稀であり、日本の居住者にとっては実質的な特別扱いが認められてきたことになります。「5年間の遡及テスト」を実施するためには、複数回の資産の時価評価が必要となる場合もあり、膨大な事務コストが発生することも珍しくありません。また、譲渡日において上述のテストをパスしていれば、過去における米国不動産権益の資産に占める比率がいかに高くとも、FIRPTAの適用回避が可能となる可能性もありました。

 

今回の改定による影響

今回日米両国政府により署名された議定書により、日米租税条約第13条(2)が次の通り改定されることとなりました。

 

この条の規定の適用上、「他方の締約国内に存在する不動産」には、次のものを含む。

 

(a) 略

(b) 略

(c) 当該他方の締約国が合衆国の場合には、合衆国不動産持分

 

ここでいう「合衆国不動産持分」とは、FIRTPAの規定による「米国不動産権益」となるため(英語はともに「United States Real Property Interest」)、改定後は日本の居住者についても「5年間の遡及テスト」に基づく判定が必要となるものと考えられます。

 

まとめ

今回の日米租税条約の改定により、これまで日本の居住者が享受してきた米国不動産保有法人の判定における特別扱いは撤廃され、「5年間の遡及テスト」が義務づけられることになります。米国子会社の株式の所有権移転を伴う組織再編等では、例え最終的に課税が発生しない場合でも、多くのケースでFIRPTAに基づく何らかの報告義務が発生し、これらの報告義務が履行されていないと、源泉徴収義務違反により多額の利子税やペナルティーが課せられる可能性があります。今回の改定により、米国不動産法人か否かの判定には、従来より時間がかかることが予想されますので、米国子会社を含む組織再編等にあたっては、従来よりも早い段階でFIRPTA対策を講じることが必要となります。

 

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関連資料

 

 

1. Foreign Investment in Real Property Tax Act of 1980。

2. United States Real Property Interest。

3. United States Real Property Holding Company。

4. 英語の条文では、「derives」と現在形が使われている。

著者

著者

野本誠

KPMG LLP

税務部門パートナー

mnomoto@kpmg.com